獅子の翼 11 「今度はそっちの番だよ。 僕はどういう状況にあるんだ?なんなんだ、この茶番は。 昨日のおばあさんとやらももしかしておまえの用意したエキストラなのか?」 「まさか!本物ですよ」 Lは本気で慌てたように顔の前で手を振る。 本当だろうか……。 それから。 僕の裁き。 犯罪者だけではなく、Lを殺そうとしたり、FBI捜査官を殺した事。 一緒に東大に入学した事。 第二のデスノートと死神の目を持った女性と、リュークでない死神が現れた事。 一旦デスノートを捨てて記憶を失い、Lと一緒にキラを捜査した事。 その間キラの裁きをしていた、ヨツバグループの役員を見つけ、デスノートを取り戻した事。 死神が人間を助ける為にデスノートを使えば死ぬ、というルールを利用した事。 そのせいでワタリというLの助手が死に、Lの名前を書ききれなかった死神が死んだ事。 Lは死んだ振りをして潜伏した事。 僕がLを継いだ振りをした事。 Lを本当に継承したニアという男が、僕を追い詰めた事。 本当に想像を絶する事が色々あったようだが、嘘を吐いているようにも見えなかった。 「で?ニアが僕を倉庫に呼び出したその後は?」 「私が、ニアにあなたの命乞いをして助けました」 本当だろうか……。 「デスノートは?」 「その際燃やしましたが、地上に二冊はあった訳ですから。 三冊あっても不思議はない」 「なるほどね」 ノートは喪失したからリュークはいなくなった。 だが、僕は放棄していないから記憶を失っていない、と。 それでLは、念の為に僕の名前も自分の名前も変えて。 「何故、そこまでして僕を?」 「それは、何度も言ったようにあなたを愛したからです」 「嘘吐け!そんな訳ないだろ?」 どうやって、大量殺人犯で更に自分を殺そうとした男を愛せるんだ。 おまえがもっと愚かで、僕が絶世の美女だったりしたら分からないだろうが。 おまえは、僕の好敵手だったんだろう? そこまで馬鹿な男じゃないだろう? 「まあ、ぶっちゃけ……私自身は倫理観という物をさほど重視していないんです」 「……」 「分かりやすく言いますと、私の宇宙にはあなたと私しか存在していない。 あなたが犯罪者であったとしても問題ではありません。 そういうメンタリティの持ち主だという事を私が理解して、用心すれば済む話です」 なんなんだ、この男は……。 ゲイじゃなさそうだと、思ったのに。 「僕は、男なのに」 「同じ事です。 人類を繁栄させる為ならアダムとイブは男女の方が都合が良いでしょうが、 生憎私は興味ありませんので、あなたが男性なら、その性を含めて愛するまで」 気持ち、悪い……。 確かに並外れた天才ではあるようだが、常識や社会通念という物を持ち合わせていないようだ。 宇宙人や知能を持った動物のような気味の悪さがある。 「でも、あなたも理解してくれたんですよ? それを忘れられていたのが、一番ショックです」 「そんな訳ないだろ……」 「本当です。 あなたも私と同じ考えを持ち、私を愛してくれました」 ……男を愛した? この僕が? 思わず。 せせら笑ってしまった。 「そんな訳ないだろう? だって、おまえと僕がセックスしたのだって一昨日が初めてだっただろ?」 「……」 「それに、おまえだって僕にキス出来ない。 本当は、男なんて好きじゃないんだろう?」 白状しろよ。 ゲイの振りまでして、一体何が狙いだ? Lは片手で頭をがりがりと掻いていたが、突然ぐいっと僕を抱き寄せた。 そして、鼻と鼻が触れそうな程、顔を寄せて。 「良いんですか?」 「な、何が」 「キスはお互い納得して契約する時に、という話になっていました。 すれば引き返せませんが、覚悟は出来てるんですか?」 「そ、そんなの知らない」 思わず口を覆って逃げてしまったが。 本気でキスされそうだった。 というか、「契約」……? 「セックスまでしておいて、何言ってるんだ? 『契約』って、おまえに身売りすれば、僕に何かメリットがあるのか?」 「ああ、契約と言うとちょっと固いですね。 『結婚』と解釈して貰って大丈夫です」 「け……」 け……っこん?僕が、男と? 七年後の僕は、一体何を考えてたんだ……。 「私はあなたを愛した。 あなたも、まあ、肉欲を伴いはしませんでしたが、私を愛してくれました」 「……」 「仕方がないでしょう?私たちの世界にはお互いしかいないんだから」 その辺りが、よく分からないが。 もしかしてこいつは、僕が唯一、自分と対等と認め、心を許した人間なのか。 そんな人間が、存在するのか? 僕は、自分が孤独な人間だと思った事はないが、 誰かを対等と思った事もないし、親兄弟を含めた他人に本心を見せるというのも理解出来なかった。 そんな物は幻想だと思っていた。 それが、違ったのか? 「あなたは社会的にも、私の側でなければ生きて行けません。 キラですからね。 だから、後は身体が触れるかどうかだけが争点だった訳ですが」 「マジか……」 Lの言う通りだとするならば。 僕は、男とプラトニックな愛に生きようとしていた……。 それを、記憶を無くしたのを良い事にこの男が。 「しゃべり方がやはり高校生ですね。新鮮です」 「じゃないだろう。 おまえの言う事が本当なら、僕に対してかなり酷い事をしたとは思わないか?」 「どうでしょう?でも、気持ちよかったんですよね?腰が抜けるほど」 「……」 「記憶が戻っても、月くんは許してくれると思いますよ。 ……他に選択肢もありませんし」 ああ……僕は。 何故易々とこの男を受け容れてしまったんだろう。 二十五歳の自分に向ける顔がない。会うこともないけれど。 「……おまえの言う事なんて、全部信用出来ない」 「はぁ」 「言えよ。本当は、全部デタラメなんだろう?」 「まあ、そうかも知れませんね。今言った事は実は全部嘘です」 「……」 「あなたがキラだという証拠がある訳でなし。 逃げたければ逃げても良いですし、日本に帰りたければ帰って結構。 ここでお別れです」 急になんなんだ。 あんなに束縛するような事を言っておいて。 でも。 日本に帰るかどうかはともかく、とにかく距離は置きたい。 「……ああそう。ならそうさせて貰う」 「でもその前に。 折角この時期にヴェネツィアにいるのだから、最後に一緒に楽しみませんか?」 「……何を?」 『一緒に楽しむ』という言葉にうっかり過剰反応してしまい、Lに笑われてしまった。 しかし、この時期?ヴェネツィア? 「明日もう一度キヨコさんの所へ行きましょう」
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