獅子の翼 9
獅子の翼 9








思わず息が止まる。
だが考えてみればそうか。

僕自身、記憶がないなりに色々推理して現在に辿り着いたんだ。
類い希なる探偵Lの事だ、僕に与えた情報で僕がどこまで察したか、分かったのだろう。
もう記憶を失っていない振りをしても、無駄だ。

だがこの状況、自白すべき僕がその記憶を失っている、というのは、彼にとっても困った事には違いない。


「僕達が本来こういう関係じゃない事くらいは覚えてるよ」


敢えて誤魔化さずに答えると、Lの方が少し驚いた顔をする。
だがすぐに頬を緩めた。


「さすが月くんです。素直に認めてくれて、助かります」

「おまえは?いつ僕が記憶を失っている事に気付いた?」

「一昨日あなたが目を覚ました時からです」


精一杯頭をフル回転させて、それなりに自然に振る舞ったつもりだが。


「……最初からか」

「あなたが自分の買い物を忘れるなんて有り得ませんし。
 店に車で行こうなどと言ったので、ヴェネツィアに来た記憶すらないのだと分かりました」

「ああ、あれはしくじったな」


ヴェネツィア本島は、本土と繋がっているリベルタ橋のたもとを除いて車が走れる道はない。

階段がある橋だらけなので、バイクや自転車すら走れない。
僕が路地だと思った道と橋、偶に広がる広場が全てだ。
交通機関としては、ゴンドラやヴァポレットで水路を行くしかない。
屋敷の前を流れるカナルグランデが「メインストリート」という訳だ。


「しかし、注意深くそれを隠している所から、自分が犯罪者である自覚はあるものと」

「犯罪者、ね」

「ええ。安心しました」


そうだな……。
僕は確かに、人を殺した。
警察に追われていたのだろう。


「僕のパスポートは偽造?」

「はい。ですが、一応戸籍上も“L=Lawliet”です」


養子縁組などを繰り返して名前を変えられたのか。


「でも、それはおまえの名前だよな?」

「どうでしょう?私も変えたかも知れませんよ?」


という事は……こいつはデスノートの事を知っている訳か。


「その質問が出るという事は、デスノートの事は覚えているのですね?」

「ああ」


どこまで隠すべきか。
どこまで知らせるべきか。
命がけの肚の読み合いだ。

考えている間に、身体の中から竜崎の肉が抜けていく。
と思った途端、また入って来た。


「うっ……」

「気持ちいいですか?」

「いや……気持ち悪い」


しばらくじっとしていたせいか、痛みはないが……圧迫感には慣れない。


「とにかくあなたがデスノートに“L=Lawliet”と書いたとしても、一瞬でも自分の顔を思い浮かべれば」

「自分が死ぬ可能性がある、という事か」

「デスノートのルールにおける『名前』の定義はまだ分かりません。
 が、あなたにはそんな賭けは出来ませんよね?」


確かに……上手いやり方だ。
Lが死ぬかも知れないが、自分が死ぬかも知れない。
良くて心中。
そんな賭は、とてもじゃないが出来ない。


「大サービスで私の現在の戸籍上の名前を教えますとね」

「別に、いらないよ」

「そう言わず。よるかみつきと言うんです。夜神月と書いて」

「……」


全く。
それが本当だとしたら用心深いにも程がある。
性格が悪すぎる。


「という事は、僕はデスノートの在処を知っているんだな?」

「いえ。もうこの世には存在しない、という事になっていますが、念の為です」


デスノートがこの世に存在しない?
僕の記憶はあるのに?

それは眉唾だな。
本当はLが隠したか、あるいは僕が隠しているとLが信じているか、どちらかなんだろう。


「なあ……竜崎」

「はい」

「教えてくれないか?全部」


Lの手元にデスノートがないのなら、僕のした事の証拠はどこにもない筈。
なのに、何故僕はこの男に監視され、こんな事をされているのか。
これ以上は考えても無駄だと思った。

本当に教えてくれるとは思わないが、こうやって白旗を揚げれば油断させる事が出来るかも知れない。
それに何か嘘を吐かせれば、それはそれで手掛かりにはなる。


「良いですよ」


しかしLはあっさりと頷き、一瞬後にニヤリと笑った。


「ただし、あなたがセックスで私を楽しませる事が出来たら」

「もう楽しんでるだろ」

「では、あなたが私に入れられたままイく事が出来たら、とします」

「……!」


屈辱だ!
こいつ……そんな事でこの僕を籠絡出来るとまだ思っているのか?
いや、記憶がないのだから、単に楽しんでいるだけか……。
このサディストめ!


「……努力する」

「このまま私が動きます?それともあなたが?」

「……このままで」


Lは少し目を細めて、ゆっくりと動き始めた。
両手が使えたら、自分で扱くんだが。
尻だけでイくなんて、出来るのか?

目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませる。
そういえば、昨日指を入れられて変な感じになった場所が。

その辺りに意識を集中すると、Lの亀頭がそこを通るのが分かった。


「んっ……」

「ここですか?」

「……」

「言って下さい。私も協力しますから」


もう一度ゆっくりとその辺りを、擦られる。
不味い、このままでは。

……いや。プライドを捨ててでもここでLの要求を呑まなければ、先がないじゃないか。
こいつはいつでも僕を棄てる事も殺す事も出来る。

今は全てを忘れて、身も心もLに落ちた振りをしなければ。
……娼婦に、ならなければ。


「もうちょっと、浅い所……」

「どちら側ですか?」

「前……かな?」


Lは勘が良いのか、すぐに正確な場所を探り当てた。
小刻みに、しつこくその場所を突く。


「っ……そんなに、強くされると、辛い……」


そこばかり、責められると。
高まる物も、高まらない。

Lは首を捻りながら、深く、浅く、色々な突き方をする。
まるで何かの実験のように。

こんなの、セックスじゃ、ない。

そう思うのに、気付けば勃起していた。
額を汗が流れる。

顔が、熱い。

強く、弱く。
圧迫される動きに集中すれば。

身体が、熱を帯びていく。

目を閉じたまま、生暖かい泥に飲み込まれて行くように。


「あっ、そこ、もっと……」


女みたいに何度も何度も男に貫かれて。
僕は大きく震えて、射精した。






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