獅子の翼 8 帰りのボートの中でも、竜崎は放心したように無言だった。 「どうしたんだ、竜崎」 「……私は……血縁などどうでも良いと思っていたつもりだったんですが」 「そう言ってたね」 「生まれて初めて、自分と血の繋がった人間に会って、ちょっと嬉しかったのかも知れません」 すぐにボートは僕達の屋敷に到着し、今度は代わりに僕が船を舫う。 ボーイスカウトで縄の結び方を習っておいて良かった。 「それが繋がっていないと分かって。 この世に自分と血の繋がった人間はもう居ないのだと思うと、少し淋しいような気持ちになってしまいました」 「分かるよ。でも、お父さん方の叔父さんとか従兄弟とか、いるかも知れないだろ? 調べてみれば?」 「そうですね……いや、まあいいです」 ボートから陸に飛び移ると共に、元の竜崎に戻る。 もう立ち直ったのか、早い奴だな。 「粧裕さんには、面倒くさい遺産を贈る事になってしまいました」 「まあ、おまえが死ぬ頃なんだからまだまだ先だろ」 「どうでしょう」 「……」 ……我ながら、話しながら耳が熱くなってしまった。 そうだ。 僕は、竜崎が僕をキラだと疑っていると、考えていた。 パートナーと呼ぶのも、何か魂胆があっての事だと。 だが今日の話では……竜崎は本当に、僕と生涯を共にするつもりのような……。 「本当に彼を愛しています」って……。 それとも探偵L本人なら、これくらい大仕掛けな芝居を打つだろうか? だが、何の為に? 考えている内に、元のベッドルームに到着する。 思惑通り、というか思惑以上に竜崎の個人情報を聞き出しまくれたが。 竜崎が相続書類にしたサインは、「L=Lawliet」だった。 それは僕の名前、ではないのか? 「竜崎」の前の名は、「エル」だと言っていた。 「L=Lawliet」が、竜崎の本名……? 「月くん」 「ん?」 振り向くと、竜崎が覆い被さって来た。 「え?ちょ、」 ベッドに押し倒し、服を脱がせようとするのを押し返す。 「ちょっと待て!夕食前だぞ!」 「今すぐあなたを抱きたいです」 「やめろよ!せめてシャワー、」 「我慢が出来ません」 それでも抵抗していると、竜崎は至近距離で僕の目を見つめた。 「月くん」 「何!」 「私の事、愛してます?」 「……」 咄嗟に、言葉に詰まる。 黒い大きな瞳に吸い込まれそうだ。 おまえは、殺さなければならない。 だが、デスノートを手にするまでは、身動きが取れない。 おまえに話を合わさなければならない。 「……おまえは?」 「私ですか?」 「ああ、そうだ」 「さんざん言いましたし祖母にも看破されましたが。 あなたを愛していますし、これまでもこれからも、他に誰かを愛する事が出来るような気がしません」 竜崎の虹彩は真っ黒に近い焦げ茶で、そこに僕の顔が映っていた。 「そう。なら僕の口に、キス出来る?」 「……!」 ……自分でも神がかっていると思ったが、何も考えずに出た言葉だった。 そしてそれが、竜崎にダメージを与えた様子である事に驚く。 「……出来ますが、それはまた今度にしましょう」 「何故だ?」 なるほど……ね。 しらじらしく聞いてはみたが、本当は十分推測出来た。 こいつは全てが淡泊そうに見えて、実はこういう所は潔癖なんだ。 キスだけは、本当に好きな相手としか出来ないんだろう。 ましてやそれが、キラとなれば。 「色んな所に、キスしたくせに」 「すみません。あなたを見くびっていました」 そう言うと竜崎は、はだけたシャツを使って僕の両手首を縛った。 「どういう意味だ?何。強姦でもするの」 「今すぐ抱きたいのは本当なので」 言いながら僕の首筋を舐め、耳を噛む。 僕は意地でも抵抗するものかと宙を睨みながら、ただ考えていた。 竜崎は、探偵Lだ。 そして僕がキラだと知っている。 殺人手段がデスノートである以上、かなり考えにくい事だが……。 たった一日で「キラ」が全世界から日本の関東にいる事を突き止めたんだ。 その手腕を考えると、何か普通では考えられない手段を使って僕を追い詰めたに違いない。 もしかしたら、リュークに僕を裏切らせたのか。 それから、僕がデスノートを隠したのかLが取り上げたのか……。 とにかく僕がデスノートに接触できない状態で、国外に連れ出した。 ただ、僕が自白したとは考えられないので……。 自分がゲイである事を利用して、僕を籠絡して自白させようとしている。 いや、ゲイである振りをしているだけかも知れない。 そう思うと、直接性器に口を付けないのも、キスが出来ないのも頷けた。 僕が何らかの事情で男を抱かなければならなくなったとしても、目を閉じて女と思えばやり過ごせる。 だが、やはり咥えたり口にキスをしたりは出来ない。 そう思えば。 全てのピースが、悲しいくらいにぴったりとはまる。 いつの間にか全て脱がされ、Lは持ち上げた僕の膝の内側に、口を付けていた。 「……愛してるよ、竜崎」 「そうですか」 ほら。欲しがっていた言葉をくれてやったのに、どうしてそんな顔をするんだ。 無言で舐めた指を、僕の後ろに持って行く。 「っ!」 中に指を入れられると、やはり違和感があった。 先日の痛みを思い出し、無意識に身体が強張る。 「痛いですか?」 「いや……大丈夫」 Lは今日は僕に舐めさせる事はせず、どこからか取り出したローションを自分の物に垂らした。 僕が、彼が本当はゲイではないと気付いたせいか、前回と違って熱を感じさせない、どこか儀式染みた行為だ。 「入れますね……」 「うん……」 大きな質量が、めり、めり、と肉を掻き分けるように身体の中に入り込んでくる。 内蔵と、内蔵の接触。 気持ち悪い。 と思わなくはないが、どちらかと言うと歯の治療や手術を受けているような気分だった。 静かに全てを収め終わった後、Lは大きく息を吐いて僕に凭れ掛かってきた。 中で、びくん、とペニスが脈を打つ。 「それで……」 「うん?」 「どこまで、覚えているんですか?」
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