獅子の翼 4 夜になり、男が食事に出ようと誘って来たが、その気になれず断る。 勝手にどこかのバールにでも行くだろうと思ったが、パネトーネを持って部屋に来た。 「夜にパネトーネ?」 「はい。いいんです」 そういえば昼も、アイスクリームか生クリーム菓子の店に行こうとしていた。 度を超した甘党なのか。 その推測を裏付けるように、男はドライフルーツ入りの甘いパンに、更にシロップをかけ始めた。 「気持ち悪いな……」 「いつもの事でしょう」 そうなのかも知れないが。 男はベッドの上の僕を尻目に、サイドテーブルの上でノートPCを開いた。 寝る時にこれを置いて行ってくれれば、色々と調べられるのだが……。 犯罪者の連続死についてや、そうだ、「Lawliet」の謂われも分かるかも知れない。 「……そうだ。Lって、」 パスポートの名前が一文字というのはアリなのか聞いてみようと思っただけなのだが、 男は画面に顔を向けたまま目だけでじろりとこちらを睨んだ。 「月くん」 「なんだ?」 「忘れたんですか?リュウザキと呼ぶように言ったでしょう?」 「……」 一瞬混乱したが、どうやら僕がこいつの事を呼んだと勘違いされたらしい。 こいつの名前も「エル」なのか? 同じ名前?リュウザキ? 「竜崎」、か? 「すまない。うっかり、ね」 微笑んで見せると、竜崎は更に眉を顰めた。 「キラ事件から一体何年経ったと思ってるんですか」 キラ事件……? どうやら何か大きな事件があり、その時からこの「エル」は、「竜崎」と名前を改めたらしい。 名前を変える……という事は、この竜崎がその「キラ事件」とやらの犯人なのか? それで、日本から逃げてきた……。 現在も逃亡中? いや、それにしては、「何年経ったと思ってるんですか」は。 「そろそろエルに戻してもいいんじゃないの」 内心恐る恐る鎌を掛けてみると、竜崎は肩を竦めた。 「嫌なんですよ。Lと呼ばれるとあなたに敵視されてるみたいで。 学生時代のように竜崎と呼んで下さい」 ……また分からなくなってきた。 学生時代、こいつは「竜崎」だった。 その後、「エル」の時代があり、その頃僕はこいつを敵視していた。 で、仲直りして……「竜崎」に戻った? いや、「エル」はハンドルネームか何かか? 「キラ事件てさ……」 話し掛けると、竜崎は体ごとこちらに向いて言葉の続きを待った。 先程のように勝手に解釈して何か話してくれないかと思ったが、今度は無理なようだ。 「結局報道はどうなったっけ?」 「最近はチェックしていませんが……」 竜崎は目の前のキーボードをカチャカチャ弄った後、軽く頷く。 「収束以来、これと言った報道はありませんね。 今でもキラ信者や模倣犯が時折騒ぎを起こしますが、それはまた別事件でしょう」 「キラ信者」「模倣犯」……「キラ」は、何か大きな犯罪の犯人のあだ名なのか。 信者と言うからには、一部の人間からは神格化されるような……テロリスト。 それでもそれ程の大犯罪者なら、僕が裁いていると思うのだが。 本名が分からなかったのか? あるいは、僕が裁いて事件が終わったのか。 とにかく、何らかの形で竜崎は、そのキラ事件に関わっていた。 今の口ぶりからすると犯人ではなさそうだが、僕は竜崎とキラ事件の関係を知っている。 もしかしたら、僕自身も関わっていた。 ……そうか。 それで、偽名。 キラに見つからないよう、エルは竜崎と、僕、夜神月はL=Lawlietと名を変えた。 二人とも元の名を捨てなければならない程にキラと接近したという事だ。 名前……。 を知られる事によって致命的なダメージを受ける、キラ……。 デスノート? 「キラ」は僕、か? ……僕とした事が、頭が混乱してきた。 今日は考えなければならない事が多すぎるというのに。 しかしどれ程考えても、キラは僕で、キラ事件は僕が起こした、という仮定に矛盾は生じない。 犯罪者の連続死が表面化したとしたら確かに大事件で、社会現象になっただろう。 信者やキラを騙る者が現れたとしても不思議はない。 という事は、この竜崎は仲間なのか? いや、僕が仲間を作るとは思えない。 そんな危険な事をする筈がない。 しかし……リュークが何かしたか、あるいは他の死神が他の人間、例えば竜崎にデスノートを渡したとか……。 今の僕に知り得ない何かの条件が変わったのなら可能性はあるか。 仮定1)竜崎と僕はデスノートを持った者同士として出会い、協力関係になった。 ……いや、それでこんな逃亡生活のような事になっているのはおかしい。 僕達が負ける筈がない。 やはり、 仮定2)竜崎は僕がキラと知らず、協力してキラを捜査する立場になった。 そしてキラから逃れる為、名を変えてヨーロッパまで来ている。 こちらの方がしっくり来るな。 僕がヘマをするとは思えないが、この湧き上がる警戒感は……。 もしかしたら、彼は僕がキラかも知れないと疑っているのかも知れない。 「月くん?」 「うん?」 「どうしました?今日は口数が少ないですね。 まだ気分が優れないんですか?」 「いや……もう問題ないよ」 いつの間にかパネトーネを平らげた竜崎は、真っ黒な目を見開いてニヤリと笑った。 赤い舌でぺろりと上唇を舐める。 「なら、大丈夫ですね?」 何が、と聞いて良いのかどうか考えている間に、竜崎は僕のベッドによじ登ってきた。 そして、 「うわっ!」 僕を押し倒す。 「何か?」 「いや……今日はあんまりそんな気分じゃない、というか」 「またまた。好きな癖に」 どういう、「好き」?僕は。 この男と、いや、巫山戯てる? 軽く現実逃避している間にも、男は僕のシャツのボタンを外していく。 これは……やはり、そういう事か? こいつはこう見えて女性なのか? そんな訳あるか! 突然過ぎて、想定外過ぎて、頭の回転が鈍る。 僕は、この男と、そういう間柄? 同性愛? この僕が? 有り得ない、 でも。 でも、今抵抗するのは不味いという事は分かる。 どうやら、信じられないが僕は……この男と、同性愛関係にあるらしい……。 この数年の間に、一体何があったんだ? 「っん!」 僕が動けないでいる間に、男は僕の乳首を舌で舐めながら、パンツのジッパーを下ろして下半身も脱がせて行った。 自分の下着も、当然ながら見覚えのない物だ。 気持ち悪い、男の指が、僕の性器を。 弄ぶ。 「足を、広げて下さい」 嫌だ! 叫びたくなるのを抑えて、引き攣った微笑を浮かべながら僕は足を開く。 竜崎は脚の間に頭を入れて、ニヤニヤ笑いながら僕の睾丸を舐めた。 「っ!」 ……何だこの感覚。 じわじわとした快感が、背筋を駆け上がる。 女の子との経験すらないのに、こんな。 ついペニスも舐めて欲しいと思ってしまった。 相手は、男なのに。 それを察したように、竜崎は自分の手をべろりと舐めて、僕の茎を掴む。 ……僕は、勃起していた。 扱かれると、自分の手とは違う感覚に、焦れったさと気持ちよさで腰が浮いてしまいそうになる。 そうか。 僕はこの男と、こんな事を何度も繰り返している。 だから身体は反応するし、逆にしなければ怪しまれるだろう。 竜崎の言によれば僕は「好き」らしいから、楽しんでいる振りをしなければ……。 「竜崎……イイよ……」 喘ぎ声を上げると、その自分の声に興奮してしまう。 睾丸から垂れた竜崎の唾液は、もどかしい感覚と共に後ろに流れて行った。 「いっ、」 竜崎は無言で、僕の肛門の周囲に、垂れた唾液を塗り広げ始めた……。 という事は、この先は。 指はしばらくぬるぬると肛門の周りを刺激した後、不意に何かの事故のように入り込んで来る。 唾液のお陰で痛くはないが、何度も出し入れされるとまるで犯されているようだ。 軟膏でも塗るような動きで、内壁を隈無く探っていく。 「あっ……」 突然女の子のような声が出て、思わず自分の口を覆った。 嫌だ、尻の中に、こんな。 「ここが、イイんですよね……」 ある箇所を、舐めるように何度も刺激されると。 意図せず体中で悶えてしまう。 「ああ、うん……」 何だこの声。 いや、これは演技だ。 淫らな大人の女のように、竜崎を誘うべきなのだろうと思いながらもとてもじゃないが追いつかない。 だが竜崎は訝しむでもなく、淡々と行為を続けた。 やがて、顔を離して指を抜いたかと思うと。 「舐めて下さい。いつものように」 竜崎は僕を見下ろし、当たり前のように恥ずかしげもなく僕の目の前に腰を曝す。 ミイラのようにへこんだ白い腹、その下の頭髪より少し赤い陰毛。 の中から突き出した、血管の浮いた赤い棒。 頭おかしいのか! と言いたいが、いつもの事なら僕は喜んで舐めなければならないのだろう……。 無理矢理笑顔を作り、そっと亀頭に舌を付ける。 本当は咥えるべきなのかも知れないが、尿道口に口を付ける事はどうしても出来なかった。 その代わり手を抜いているように見えないよう、その茎と亀頭の周囲を絶え間なくぺろぺろと舐める。 我ながらよくやるな……。 幼い頃から、渡世術とは瞬時に感情や思考を切り替える力、 そして自分ではなく相手の立場からメリット・デメリットを考える能力だと思って来たが。 感情を隠すのは上手くなっても、感情自体を消す事は出来ない。 何の因果で、健全な家庭に育ってきた男子高校生が場末の娼婦のようなマネをしなければならないのか。 デスノートが戻って来たら絶対にこいつを一番に殺してやる! そんな事を考えながら、顔だけはうっとりと男の性器を舐め続けた。 しばらく無言だった竜崎は、やがて低く呻いて僕の頭を押しのける。 「もう、いいです。出そうですから」 「……」 後の事を考えるとここで出た方が良いのかも知れないが、もうそれどころではなかった。 苦行から解放されて、思わず気持ちが緩んでしまう。 だがそれも束の間で、竜崎はあたりまえのように僕を俯せに寝かせ、尻を両手で抱えた。 こいつ、やはり僕の尻に……。 逃げたくなるが、今暴れたら全てが水の泡だ。 頭が下になっているお陰で、自分の顔が青くならないのは幸いだろう。 シーツを握りしめた、指が震えないようにするのが精一杯だ。 まあ、竜崎も夢中になっているだろうから僕の小さな変化には気付かないだろうが……。 それの先の丸みが、尻に当たる。 そういえばさっき、尻の中に不味いくらい感じる部分があった。 僕の身体がこういう事に慣れているのなら、恐らくそう痛くもないだろう。 今は想像出来ないが、もしかしたら男に溺れるほど気持ちいいのかも知れない。 瞬時にそんな事を思いながら心静かに待つと、竜崎の身体が重くなったような気配の後、丸い物が中に、 「っっ!!」 ……!声が、 出ない……! 悲鳴を上げたいのに、止めてくれと叫びたいのに、逃げたいのに、 僕の喉も身体も、全く言う事を聞いてくれず硬直していた。 「キツい、ですね……」 なら抜け! 痛い、痛い痛い痛い! 心の叫びも空しく、太い物がどんどん入り込んで来る。 息も、出来ない。 瞬きも。 見開いた目から、涙が溢れる。 苦しい。 「もう、慣れました?」 「……」 ……僕の心は、ただただ憎しみに支配されていた。 竜崎の狡猾さに。 こんなになるまで気付かなかった自分の迂闊さに。 男は僕の尻を持ち上げたまま、腰を振っている。 腹に何かが詰め込まれ、引き出される。 快感など欠片もない。 ただただ、早くこの時間が終わる事を待ち焦がれていた。
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