ヴァレンタインズ・デイ 1 「月くん、どうぞ」 「ああ、ありがとう」 ベッドに入ってさあライトを消そう、という時になって つやつやした青いリボンの掛かった小箱を差し出された。 何気なく受け取ってから、頭にクエスチョンマークが浮かぶ。 「何これ」 「チョコレートです」 だろうね。 経験上、二月十四日に女の子にチョコレートを差し出されたら つい無意識に笑顔で受け取ってしまうのだけれど、 よく考えたら今日は二月十四日じゃないし相手も女の子じゃないよね。 思わず隣を見てしまったが、竜崎はこちらに顔も向けず 膝の上に置いたノートPCのディスプレイに見入っている。 「何だよ急に。これって高級なチョコだよな」 「お菓子のブランドに詳しいんですね。気が合います」 「いや……チョコレートは年に一度たくさん貰うことがあるから 偶々知ってるだけ」 「ヴァレンタインデーですね?知ってます。 というかそれもヴァレンタインデーの贈り物です」 気のせいだろうか。頭が酷く痛む。 竜崎は人間的に色々問題があるが、世界に君臨する「L」の頭脳は やはり尊敬すべきだと思う。 そのLが、バカだと信じたくない……。 「……竜崎。少し勘違いしているようだが、ヴァレンタインデーというのは 二月十四日に、女の子が好きな男にチョコレートを贈る習慣だ。 最近は義理チョコというのもあるようだけど」 「月くんこそ遅れてますね。もっと最近は『友チョコ』というのもあるんですよ。 月くんは私の初めての友だちですから受け取って下さい」 「友チョコって、女の子同士の習慣だろう!それに今は真・夏・だ!」 男同士でチョコレートを贈り合うなんて気持ち悪すぎるだろ! そもそもわざわざチョコレートを買って友人に贈る男なんているのか? ……目の前に、いるか。 「二月十四日はヴァレンタインの由来になった聖ウァレンティヌスの命日です。 縁起が悪いので彼の誕生日の七月三十日にしました」 「しましたって、勝手に変えるな!」 「本当は、冬でもいいんですけどね。来年の二月十四日まで、私たちが 一緒にいるとは思えませんから」 さらりと、何となく寂しい事を言ってまたPCに没頭する振りをする。 「……それまでにこの事件を解決するという事か?」 「そのつもりです」 「解決して、本国に帰るのか」 「……」 「なら、その時まで取っておいて空輸してくれよ。 夏にチョコレートを貰っても、困る」 友だち慣れしていないであろう竜崎の、男にチョコレートを贈るおかしさには 取り敢えず目を瞑る。 しかし夏に、というのは許容出来ない。 それに、まさか住所を教えてはくれまいが、事件が終わった後も 当代一の名探偵とほんの少しでも繋がっていたいという思いもあった。 小箱を突き返すと、竜崎は無表情、というだけではない 何とも言えない目の色をしていた。 「キラがもし捕まったら、正当な司法手続きは踏まないと思われます」 何を言い出すんだ? チョコレートの話から、何故突然キラの話に? 「全体未聞の大量殺人ですから、可及的速やかに処刑されるでしょうね」 「……ああ、そういう事ね」 「そういう事です」 竜崎は、こうなっても僕がキラである事を微塵も疑っていないわけだ。 そして自分が捕まえるから、僕は来春まで生きていないだろう、と。 「僕は、死なない。キラじゃないから」 「そうなると私は全く見当違いの捜査をしている事になりますから 私の方が来年の春までにキラに殺されるでしょう」 「……」 僕には、自分がキラではない確信がある。 冤罪で捕まらないよう最大限の努力をするが、それ以前に 本物のキラを捕まえれば良い話だ。 「そんな事、言うなよ。一緒に絶対にキラを捕まえよう。 そうすれば、おまえも僕も死なずに済む」 「……月くんは、案外野暮なんですね」 「え?」 「私は死にませんよ。照れ隠しに真面目に付き合わないで下さい」 「はあ?何の話だよ!」 「愛の告白をするのに冬まで待てなかった、ただそれだけです」 「愛?の告白ぅ?」 「月くん、出会って以来一番のバカ面でした。今」 「いやいやいや。おまえ男なのに僕の事好きなの?」 「いいえ?」 「何なんだ!」 「もっと率直に言うと『しましょう』、という事です。 月くんあれ以来冷たいですし」 「……」
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