treak yet treat 2
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「……僕は、男に、戻る。絶対に」

「はぁ。頑張って下さい」

「お前と、関係を持つ事は、有り得ない」

「同じ見解です」


飄々としたその声に。
来てもいない未来に、弱っていても仕方ないと思えた。

僕は再び、すっと立ち上がる。


「しかし、このパッドというのも不可解だな」

「そうなんですか?」

「女性器の形状からして、血液はまっすぐ落ちるとは思えないだろう?」

「はあ……」


竜崎は何故か視線を泳がせながら曖昧に頷いた。


「こう、裂けている状態なわけだから。
 毛細管現象を考えると前の割れ目の始まりから尻の割れ目の終わりまで、血がつく可能性がある訳だ」

「……」

「しかし、パッドの長さを見ると、とてもそれだけの範囲をカヴァーできるとは思えない」

「夜神くん」

「うん?」

「恥ずかしくはないですか?」


僕と目を合わせない竜崎に、思わず小さく噴きだしてしまう。


「私も一応男性なので、そういう生々しい話は」

「そう?僕は自分が女性とは思わないのに、生々しい事をされて困ったけどね」

「はぁ、なるほど。仕返しですか」

「そうだね」

「……」


竜崎は頭を掻くと、すみませんでしたと小声で言った。


「でも、その身体の所有権は半分は私ですよね?」

「いや……良い所一割だろ」

「それでは取り分が少ない。裁判を起こします」


竜崎の下らない冗談に思わず笑ってしまう。
だが、竜崎が僕の身体にやたら興味を持って、キラ事件が疎かになっているのは良い傾向だ。


「いつでもレンタルはするよ。
 だから……恋人にするような、気持ち悪い事はしないでくれ」

「……」

「不満か?」

「いえ……女性の身体を知るのに、恋人になる必要はありませんから」


竜崎は指を咥えたまま気持ち悪く笑う。
それから絶句している僕にくるりと背を向けて、寝室に戻っていった。
思わず、その背中を言葉を投げかけてしまう。


「でも、お前は僕に夢中だろ?」


“突然女体化した男”というだけでなく、“キラ”としても強烈に興味を持たれているのには違いない。


「夢中?」

「そうだろ?四六時中僕の事を考えてるだろ?
 僕の事しか考えてないだろ?」

「……確かに」


読めない表情で中空を見上げながら竜崎は呟く。


「あなたは色々と興味深すぎて。混乱を来すほどです」


そしてゆっくりとベッドによじ登ったかと思うと、とん、とまた猫のように飛び降りた。
その混乱振りを身体で表現しているようだ。


「勿論あなたがキラである事を証明するのが一番ですが。
 捕縛されて私の手から離れられるのは辛いですね私の考えを、」


身を屈めたまますたすたと歩き回り、亀のようににゅっと顔を突き出した。


「言ってもいいですか」

「……良いよ」

「あなたの身体の変化は、やはり」

「殺人ノートと関係あると思うのか?」

「……そうですね。考えられない超常現象が二つ重なった。
 関連があると考えるのは自然ではありませんか?」


僕はやや大袈裟に溜め息を吐いて見せる。


「捜査本部の人にも、そう思われそうだから知られたくないんだ。
 お前ならもう少し冷静に、大局的に見てくれると思ったんだけどな」

「冷静に、大局的に見た結果、ですよ。
 しかしまあ、推測だけしていても仕方が無いので」

「!」


冷や汗が背筋を伝うが、顔は努めて冷静を装った。


「……殺人ノートを検証する、とでも?」

「はい。あ、でも、ミサさんは男性化はしていなさそうですよ」

「は?」

「その、私の個人的な部下に少しだけミサさんを尾行させました」


そんな事を言うという事は。
恐らく24時間ぴったり監視や盗撮をしていると考えた方が良いな。


「で?」

「そこそこ際どい服装の時も、不自然さはなかったそうです」

「不自然」

「まあ、胸をはじめ女性的なシルエットから逸脱していなかったという事ですね」


思わずため息が出る。
こいつの執念深さと非常識さに。
だが、ミサの性別が変わっていないというのは一つの情報だし、下手にミサを動かせないというのも予め知っておいて良かった。


「で、まあ。私自身が死刑囚の名をデスノートに書いてみようと思うんです」

「!……それは、不味くないか?」

「何故です?」

「だって、十三日以内にまた次の名前を書かないと死ぬぞ?」

「それも含めて検証できるかと」


僕は一瞬自分がキラだという事も忘れて怒鳴ってしまう。


「何が『検証できるかと』だ!リスクが高すぎるだろう!」

「しかし誰かはしなければなりませんし」

「そんな、探偵Lが現時点で突然消失してしまう可能性のある案には到底賛成できない」

「まあ、あなたが賛成してくれなくても私がする気になったらしますけどね」


竜崎はどこまで本気なのか、指を咥えたまま僕から少し離れた絨毯に座り込んだ。


「考えてもみろ。仮に、仮に僕がデスノートを使った結果、性転換したのだとして」

「はい」

「例えば、使って十三日以上放置したらランダムに80%は死亡して、20%は性転換する、
 みたいな法則があったとしたら、おまえも死ぬに死ねないだろう?」

「なるほど。それもそうですね」


ああ……何だか目眩がする。
腹が重い。
今まで経験した事の無い嫌な感じだ。


「ちょっと、横になっていいか」

「はい?……ああ、はい」


大丈夫かの一言もないのかと思いながら足を引きずってベッドに向かう。
腹が重い……というよりは痛い、のか?
腹を下している時とは微妙に違う感覚だが……。
この嫌な感じに毎月何食わぬ顔で耐えているとすれば女性というものはもう少し尊敬しなければならないだろう。


「!」


前触れもなく、何かが流れ出した感覚があって無言で踵を返し、バスルームに向かう。


「夜神くん?」

「何でもない」


トイレで下着を見ると、パッドからはみ出るほど鮮血が滴っていた。
とは言え、感覚から予想したよりも少ないが。

参ったな……排尿とは訳が違いすぎる。
ずっと流れ続けている訳でもなさそうだが、何の感覚も前触れもなく排泄してしまうようだ。

僕はパッドを付け直し、血に濡れたパッドをトイレットペーパーでくるむ。
洗面所横のダストボックスに捨てて、バスタオルを手に取った。





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