treak yet treat 3 ベッドに戻っても眠れるような気がしなかったが、気がつけば意識を失っていた。 少しづつ浮き上がる意識が、あるレベルに達した時毛布をめくり上げて自分の下半身を見る。 「……!」 まさかとは思ったが、パジャマの尻の辺りが赤く濡れていた。 念の為に腰の下に敷いて置いた白いバスタオルにも点々と赤い染みが付いている。 時計を見るともう昼近くになっていた。 部屋を見回したが、どうやら竜崎はいないようだ。 僕は一つ溜め息を吐き、粛々とバスタオルを持ってバスルームに行き、着替えて洗面所で汚れた下着などを洗った。 「や、夜神くん」 足音を殺したつもりもないのだろうが、裸足のせいか突然現れたように見える。 バスルームの入り口には手を突いて、肩で息をする竜崎がいた。 「竜崎」 何を慌てているんだと、問いたかったのが顔に出ていたのだろう、竜崎は頭を掻く。 「いえ。ちょっと捜査本部に顔を出して帰ってきたら姿が見えなかったので」 「僕が逃げたと?」 それは……考えなくもなかったが。 キラ容疑が掛かったまま単独で逃亡するのは現実的ではない。 「……ええ」 と思っていたが。 実際に竜崎の慌てる声を聞いてみると、再考したくなった。 よく考えれば、今となってはそれもないではないかもな……。 僕が女性になった事は、竜崎以外は誰も知らない。 もし竜崎が訴えても、本人がいなければとてもではないが信じられる事ではないだろう。 少しだけ整形でもして。 知らない街で知らない男と出会って、結婚して子どもでも産んでしまえば。 誰も僕が夜神月だなんて証明出来ないし、そもそも思いつきもしないだろう。 竜崎以外。 「……逃がしませんよ?」 入り口からこちらを射るように見ていた竜崎が、囁くように低い声で言った。 「何がだよ」 「今、考えたでしょう。逃げれば良かったと」 「……」 ……確かにそうだが。それよりも。 竜崎以外の誰か、まだ出会っていない男で自分が認める相手となら結婚しても良いと。 抱かれても良いと自然に考えていた事に自分で愕然とした。 だが、万が一そういう選択をするとしても、デスノートと一緒にだ。 今度は疑われるようなヘマはしない。 一般社会に溶け込み、密やかに悪人を始末する。 「無理です。私から逃げられる筈がないでしょう」 「何を言ってるんだ。逃げようなんて考えてもいないよ。 第一僕にはその理由もない」 「あなたがキラでなければですけどね」 竜崎はそこで初めて僕の手元を見ると、汚れた布類を見て僅かに眉を上げた。 それから無言でひたひたとバスルームから離れて行く。 ……なるほど。 竜崎は性転換した僕の身体に興味はあるようだが、生々しい生理……経血などは苦手なようだ。 そういえば、月経が来ている事が分かって以降はいつもよりそこはかとなく距離を取られている気がする。 いや、男同士だと思えば不自然ではない距離だが……。 そうか。 月経は確か約一週間……その間は竜崎は近付いて来ないという事だ。 これは。 「夜神くん?」 寝室の方から呼ぶ声がする。 「……んだよ」 僕は意識して鏡の中の自分を睨み付けた。 眉間に皺を寄せ、口を歪ませる。 そしてそのまま、寝室に戻った。 「え?」 「いちいち煩いんだよ!」 「あの」 「口を開けば人をキラだのなんだの。 鬱陶しいんだよ!話し掛けてくるな!」 竜崎は目を見開いたまま後ずさり、ベッドに座り込んでしまう。 「急、急に、どうしたんですか?」 「ああ……すまない。どうしたんだろう」 「何だか感情が」 「ホルモンバランスが崩れてるのかな。でも、自分でも制御が出来ない。 苛々してしまうんだ。悪いが1人にしてくれないか」 「そう言われましても」 「そういう所が!」 また怒鳴ると、竜崎は今度はない眉を顰めた。 「……らしくありません」 「らしくなくても、悪いけど、僕は、」 我ながら演技派だと思う。 頭が悪い人間を演じるのは初めてではない。 自分の思考を言語化する事も出来ずもどかしがっている、そんなフリをすると竜崎は痛ましげな目をして黙って部屋から出て行った。 この一週間は有効に使わなければならない。 ミサと話したい。Lを殺したい。 が、それが出来ないのなら……。 消えたい。 自分の視界から竜崎が消えてくれるのがベストだが、それが出来ないのなら自分が竜崎の視界から消えたい。 今まで考えもしなかった事だ。 ホルモンの関係で僕は思考がおかしくなっているのだろうか。 いや、悪い手ではない。 ミサにもまだデスノートを埋めた場所は言っていない。 デスノートは手に入る……。 取り敢えず捜査本部の人間は全て殺すとして。 出来れば竜崎も巻き添えに出来るような死に方をして貰えば。 ああ、僕も死んだように偽装させなければならないな。
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