トゥーランドット「心に秘めた大きな愛です」 「慈悲がなくてエゴイスト、感情のない結果主義者。 良心が異常に欠如していて、共感性も協調性もなくて嘘吐きで、 責任感が無く、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しい物を取る」 「……」 「リンド・L・テイラーを身代わりにして殺されても全く罪悪感を 覚えなかっただろう?」 ずっとだんまりだったのに、いきなり堰を切ったようにまくし立てられる。 驚いたが、それはずっと夜神の中に澱んでいた言葉なのだろう。 「『過大な自尊心を持ち自己中心的』『口の達者さと表面的な魅力』 まさに、おまえそのものだ」 「……」 ……夜神は。 ああ……なるほど。 そういう、事か。 「随分な言われようですね」 「当たってるだろう?」 「ええ、まあ。表面的とは言え、魅力があると思ってくれていたとは嬉しい」 「茶化すなよ」 険のある目で私を睨む夜神も、美しいと思った。 「……あなたの言う通り、私はサイコパスかも知れない」 「……!」 夜神が、私を見据えたまま一歩崖の方へ下がる。 「ですが私は、管理されたサイコパスです。 確かにワタリに出会っていなければ、冷血な大犯罪者になっていた 可能性もあります。 でも、ワタリが私に『良心』や『共感』を知識として教えてくれました」 「知識」 「はい。そして私の代わりに責任を取り、時に冷淡過ぎる私に ブレーキを掛けてくれました」 「……」 「ワタリが居なければ私は、こんな風に曲がりなりにも 真っ当に生きていられませんでした」 「……ワタリさん、が」 呟く夜神は、色の無い目で私を見つめていた。 海の照り返しで、その顔は妙に暗く見える。 本当は、自分がサイコパスかどうかなんて、分からないし興味も無い。 ただ、客観的にサイコパスの定義に当てはまるとは思う。 「……でもその私が、あなたの事は理解したいと、共感したいと思いました。 あなたに対しては誠実でありたいと、あなたの全てに責任を持ちたいと そう、思いました」 「……」 「私は確かに冷淡で嘘吐きで自己中心的かも知れませんが、 あなたに出会って生まれて初めてそれを矯正したいと、自分から思いました」 夜神の表情を見たいと思ったが、彼は突然くるりと私に背を向け 海に向かった。 「サイコパスらしい、上手い口説だな」 「そう来ますか。でも……」 海風に嬲られる細い真っ直ぐな髪が、きれいだ。 真っ青な背景に浮き上がる、そのシルエットがきれいだ。 「キラだって、サイコパスですよね?」 そろりと言うと、夜神は驚いたように少し肩を上げた後 少し俯いて笑った。 「違うよ」 「違いません。 良心の異常な欠如、他者に対する冷淡さや共感のなさ 過大な自尊心で自己中心的……正にあの頃のあなただ」 「僕には、良心がある」 「ご冗談を」 「嘘じゃない。 実際、最初に殺してから一週間、ろくに眠れず体重は四キロ減った」 「ならば」 「だとしても!圧倒的多数の他者が住みよい世界にする為、 自分が犠牲になって、悪人を裁くべきだと思ったんだ」 「……」 「僕だって、人なんか殺したくない。デスノートを使わず 静かに身を潜めて生きていく方が、ずっと安易な道だろう。 でも僕は偶々悪人を公正に裁く頭脳を持っていたから…… それを世界の為に使いたいと思った」 勝手な言い草だ。 百の人間が居れば百の価値観があり、人を裁くのに「公正」などと 言う物はあり得ない。 だからこそ、罪人は多くの人の手を経て裁かれると言うのに。 夜神の言い分は、どこか「宗教」に似ていると思った。 価値観の固定、それによって安定する精神。 「……それは『過大な自尊心』、という奴です」 「かも知れない。と、今は本心からそう思う。 だから……おまえに捕まって、僕は実はホッとしたんだ」 「……」 「もう、殺さなくて良いって」 なるほど……ならば、確かにサイコパスの定義からは 少し外れているかも知れない。 けれどそう言いながら今回も使ったのだから、それは……やはり。 私が黙り込んでいると、不意に夜神が振り返った。 そして 「ありがとうございました。リューザキ」 とても美しい「朝日月」の笑顔を見せた。 きっと最後の、私に対するサービスなのだろう。 私は、何度見ても止まってしまう。魂を奪われてしまう。 嘆息が漏れるのを、止める事が出来なかった。 「……愛していました。月さん」 「はい。知っていました」
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