トゥーランドット「心に秘めた大きな愛です」8
トゥーランドット「心に秘めた大きな愛です」8








いつも通りの遣り取りだ。
ほぼ。

なのに。
胸が、苦しい。
何だこれは。


「……何か、私に言っておきたい事はありますか?」


夜神はまた私に背を向けて、崖の先端に向かって歩き始めた。


「……」


黙ったまま、ぴんと背筋を伸ばしたその姿。
砂に残ったその足跡に、私は自分の足を乗せる。
形を崩さないように注意深く。

それを繰り返して後を着いていくと、面白い事に私まで
姿勢が良くなってしまう。
夜神の足跡を踏んでいく作業は、余人から見れば子どものようだろうが
私にとっては楽しいものだった。


崖の本当の端に来た時、夜神がゆっくりと振り向いた。


「……今となってはどうでも良い事なんだけど」

「はい?」

「……」

「何ですか?」


夜神は、口を切った事を少し後悔するように唇を噛んだ後、


「す、少しは」

「?」

「少しは、その……僕も、『ライト』も……」

「……」


……私は今までどこか、「朝日月」と「夜神ライト」を別人のように
捉えていた。

聡明で美しく、しなやかな強さと女性らしい恥じらいや淑やかさを
兼ね備えた朝日月。

同じく聡明で美しいが、冷酷でぞんざい、私にライバル心剥き出しの
負けず嫌いの少年、夜神月。

私に男色の趣味はないが。
二人共を愛していたし、「朝日月」が私を愛してくれればそれで満足だった。

だが今、恥じらいを見せた少年……思わずじっと見つめてしまう。



彼は、真犯人がサイコパスだと気付くと同時に、「L」もサイコパスであると
気付いたのだろう。


キャラフがサイコパスだから、デスノートで殺す決意をした。
だがその事によって守るべき私も、サイコパスだった。


その自己矛盾に、苦しんでいた……。


そして、「朝日月」ではない、彼自身が私に対して執着を持っていた事に
私は今気付いたが、夜神自身がその事に気付いたのも、きっと「今」なのだ。




「ライトくん」

「何だ?」

「賭は自分の負けだ、一生私に服従すると言いましたよね?」

「あ?ああ」


夜神は戸惑ったように首を傾げる。


「とは言え、結局先に犯人に辿り着いたのはあなたなのですから
 私も勝った気はしません」

「……」

「ですから、今夜一晩、月さんモードで……且つ、絶対服従という所で
 手を打つのはどうでしょう?」

「今晩、一晩?」

「はい。以降は、普通に月曜日は月さんの日で」

「……」


夜神は少しの間不審げに眉を顰めていたが、やがてまた、
泣きそうに見える笑顔を見せた。
私が彼を許した事に驚き、信じて良いのかどうか考えていたのだろう。

私自身、自分の欲望に従って倫理的には許されない彼を許すというのは
やはりサイコパスの所行かも知れないと思う。

だが、そんな事はこの際どちらでも良い。

私は『良心が欠如』して『自分勝手』な『エゴイスト』なのだから。


やがて、一歩二歩と確かめるように近付いて来た夜神は
二人の距離が5pまで縮まった時、私の肩にその頭を預けた。

私は、夜神少年にこんな風に甘えられたのは初めてで、
少し戸惑った。



「L」

「は、はい?」


しばらく二人してじっと佇んだ後、顔を俯かせたまま夜神が一歩下がる。
その視線の先を辿ると、彼の足跡を忠実に辿ってきた
私の足下に向けられていた。


「これは……その。足跡を一人分に見せかければ
 ここであなたを突き落としても、自殺に偽装できるかと思いまして」

「この風の強い砂の上で?」

「はぁ」

「履いてる靴も違うのに?」

「はい」



……ただ、おまえの足跡を辿るという単純作業が、嬉しかっただなんて。
それが他の誰でもない、おまえの足跡だったからだなんて。

おまえが私の命を救う為だけに動いた事が、自分でも驚く程嬉しかっただなんて。
おまえを殺す事などきっと出来ないと、自分でも予感していただなんて。


言わない。
言えない。

楽しそうに微笑んだ夜神に、唇を噛んだのは今度は私だった。



「生きましょうか、ライトくん」

「ああ、行こう」

「今後は、おいたは程ほどにしておいて下さい」

「大丈夫。もうデスノートもないし」

「本当でしょうか?」

「どうだろうね。というかさっきの質問に答えて貰ってないけど?」

「さっきの質問?何でしたっけ。もう一度言って下さい」

「……」



さらさらと、足下で砂が崩れていく。
それでも、夜神と二人ならいくらでも新しい足跡がつけられると思う。


私達は白い砂をわざと蹴散らしながら歩き、車を通り越しても歩き続けた。

西海岸の明るい日差しが、我々を照らし続けていた。





--了--





※80000打踏んで下さいました、やまのさんに捧げます。
大変お待たせして、しかもアホほど長くてごめんなさい……。
リクエスト内容は以下です。


基本、ライトとLは、二人なりにラブラブ暮らしていたところ、Lに大きな仕事が入り、
ライトを置いて捜査本部的なところへ行くことになる。

その後、女のスパイが必要になり、ライトがその役目を務めることに(L的には不本意)。
でもライトの女装はやっぱり嬉しい。
ライトはそれが辛い…
といった内容でお願いしたいです。
二人が解決する事件の内容はお任せでお願いします。

ライトがLが好きなのはライトなのか月なのか、てかどっちも自分だけど、でも…
と悩む姿が見たいです。
事件は無事解決、でも、このライトの悩みは漠然と残る、みたいな感じで…。

それと、Lが一人で捜査本部的な所へ行ってしまい、ひとり残されて
思った以上に寂しい思いをしたライトが、Lの元に女スパイを勤めるために運ばれた時、
つい我慢できずに襲い受けになってしまう場面をぜひ入れて欲しいです。

トゥーランドット・・・私は究極の「女の価値は顔!男」の物語だと思ってますが、
冷酷な美女と謎解き、ってどうだろうか、ということで。

うひょー!面白そう!と、拝見してすぐ思ったのですが
「大きな仕事」で考えすぎてしまいました。
本当はもうちょっとコンパクトにまとめて端的に表したかったのですが
力不足です。

あと、頂いたリクエストへの返信で私が

「女子校潜入とか?ターゲットの女性の好みが月にぴったりとか?」

とか書いた所、


「ターゲットの女性の好みがライトにぴったりとか」を読んで、きゃー!と
嬉しくなってしまいました。
それって、ライトを女性と思ってる女性から、好みの女、として
気に入られてるってことですか?! キャ!

男のLに女と思わせるのも大変だったでしょうが、女性として女性から好意を持たれてしまうのも大変そう・・・。
基本的に、ライトが窮地に落ち込むのを見るのが大好きですので(すみません・・・)、潜入中に色々と窮地に落ち込ませて頂けると、嬉しいです(ほんと、すみません)。

というありがたいお言葉を頂きました。
で、このご返信に萌えてこういう話になったのですが、実は元々は「ターゲットの男性の、好きな女性のタイプが」と言う意味だったりしました(笑)瓢箪から駒とは正にこの事。

暇を見てちょこちょこ書いていたので全体のバランスとかおかしいかも知れませんが、私もこの二人が好きなので、好きなだけ書けてとても楽しかったです!

こんな感じで良かったでしょうか……。
やまのさん、書き甲斐のあるリク、ありがとうございました!







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