トゥーランドット「心に秘めた大きな愛です」1 学園でまた事件が起きたとの一報があった直後、 夜神から動画が送られて来た。 建物の外で、血にまみれて倒れている少女と それを遠巻きに見つめる野次馬。 「?」 少女の状況以上に、野次馬を撮っている時間が長い。 注意して見ると、その野次馬の中に一人だけ笑顔を堪えるような 奇妙な表情を浮かべている女性がいた。 なんだ……? いや、夜神は恐らく、事件現場ではなく、この女を見せる為に この動画を送ってきたのだろう。 だが、メールは動画を添付して来ただけで、コメントがない。 ノーヒントか。 ……ヒント? 夜神は、私と知恵比べをしようと言っていた。 そしてその結果には、彼の自由が懸かっている。 私は、25%くらいは彼を自由にしても良いと思っていた。 チップが入っているから場所が把握出来るという事もあるし、 一度くらい誰かを信用している……振りを、してみたいというのもある。 だが、夜神が姑息な事をしたら勿論そんな賭は成立しない。 だから彼の情報は信じている。 という前提で、動画だけが送られてきたという事は…… 彼の中では、事件はもう大詰めなのではないだろうか? もう一度、動画を見る。 件の女性の笑顔を拡大すると、見れば見る程禍々しく思えてきた。 嫌な予感。 私は車の鍵を掴み、外に飛び出した。 車をあちらこちらに擦りながら学園に向かう。 レンタカーだから、買い取りになるか。 まあこの位は構わない。 学園近くで救急車とすれ違い、そのまま進むと 運良く門が開いていた。 夜神を迎えに来た時の警備員や、送った時の女性職員は 今は居ないのか。 ……いや。あの女性職員……が、笑顔の主、ではないか? 薄暗かったが、記憶を辿ればほぼ間違いない。 本館に駆け込み、保健室を覗いたが女子生徒が二人居ただけだった。 そして椅子の上に、血で濡れた白衣が。 「養護の先生は?」 二人とも何か緊迫した様子だったが、構わずに尋ねる。 毒気を抜かれたように驚いていた。 一人は内偵を頼んでいたリューだったが、私に気付いていないようだ。 「キャラフ先生なら……さっき出て行かれました」 「ありがとうございます」 その時ふと気付いて、大股で中に入りその手の中の物を奪い取る。 「保健室が血で汚れたら、先生が大変なのでは?」 既に血でまみれたカッターナイフをぶら下げて見せると 二人とも堰を切ったように号泣し始めた。 どちらも怪我はしていないようだが…… という事は、これは事件の凶器か。 一体何故それがここに? この二人の内どちらかが、今回の犯人なのか。 いや、そんな事よりも。 私は保健室から飛び出して廊下を走る。 校長室を開けると、アルタウム校長が目を見開いた。 「時々門を開けてくれる背の高い女性は?」 「あ……と、隣の事務室、かな?君は一体、」 最後まで聞かずに飛び出し、隣の事務室の扉を開ける。 「……!」 女性らしい人影が、窓際で倒れている。 その髪は茶色いショートカットで……思わず駆け寄ったが 女性は既に事切れていて、顔は夜神ではなかった。 この服は……あの笑っていた女性と同じ。 という事は変装していたのか。 この女が真犯人らしいな。 夜神が殺ったのか……? まさか。 それにしても、外傷がない……。 女性をそのままに、また部屋を飛び出して職員寮に走る。 聞いていた二階の一番奥まで一息に行き、ドアを開けた。 「ライト、くん」 そこには、夜神が居た。 「L?」 「は、い……」 「驚いたな。来るなら来るって言えよ。というかノックくらいしろ」 「だ、大丈夫ですか?」 見ると、ベッドの上にはキャリーバックが開いてあり、 夜神は服を畳んだり荷物をまとめている所だった。 「何ですか、それ」 「依頼人は校長だろ? その校長が死んだんだからもう用はない」 「校長?ぴんぴんしてましたよ?」 「え?」 夜神が、驚いたように口を半開きにして止まる。 先程私が会ったのは校長ではないのか? いや、だとしても校長が死んで、まず私に連絡がないのはおかしい。 二人で固まって見つめ合っていると、私の携帯が鳴った。 「……はい……はい」 電話の内容を聞きながら、思考を巡らせる。 何度シミュレーションを繰り返しても、導き出される結論は 一つしかなかった。 「……先刻校長が、死んだそうです」 電話を切って言うと、夜神は少しホッとしたような表情を見せる。 「自宅で、心臓麻痺で」 「……」 「では先程私が校長室で会った人物は、誰でしょう?」 夜神は一瞬訳が分からない、といった風に眉を寄せたが やがてみるみる青ざめて行った。
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