トゥーランドット「泣くな、リュー」7
トゥーランドット「泣くな、リュー」7








また、心臓がどくん、と脈打つ。
汗が噴き出す。

いや、落ち着け。
今の僕の反応を見られただけじゃないか。
無意識にホッとした顔をしてしまったのだろう。


「……では、私の本当の名は?」


キャラフはふふっと笑って後ろを向いた。


「ねえあなた。私と、組まない?」

「は?」

「私、頭の良い子は好きなのよ」

「……」

「というか実は最初からあなたを気に入っていたの。
 頭が切れてLの恋人だなんて、益々気に入ったわ」

「……」

「私と組めば、プーティンも何とかしてあげる。
 迫られて困ってるんでしょ?」

「……」

「私は何でも、知ってるのよ?」

「……」


馬鹿馬鹿しい。
この女は元々プーティンとメールで繋がっているから、
昨日の事で何か連絡があったのだろう。
単純な話だ。


「私の物になるなら、殺さないでおいて上げる」


どうする……どうする……。
いや、この僕がこの女と組むという選択肢はないが……。


「……Lは?」

「ん?」

「私があなたと組んだら、Lは、助けてくれるんですか?」


女は窓の外を見たまま、高笑いをした。


「Lは殺すわよ!その為にこんな大がかりな事をしたんだから。
 あなたはLなんか忘れて、私の事を一番に考えて」

「ならばあなたと組む意味なんかありません」

「……」


即答すると、キャラフは体ごとくるりと振り向いて
笑いながら僕を見つめる。
その目だけは、全く笑っていなかった。

危なかった……Lを殺さないと言われたら、取り込まれたかも知れない。
Lをおびき出すのにせいぜい使われた後、僕も殺されただけだろうに。


「だから、……私を、殺してみろ!」

「……」

「さあ早く!殺してみろ!」


キャラフは、視線だけで殺せそうな目をして僕を睨み、苦々しげに絞り出した。


「……なら、Lと一緒に、殺してあげる」

「……」


……この女は、僕の本名を知らない。……多分。
Lの本名も……知らない、筈。

試してみるか?
デスノートや死神の事を知っているかどうか、
鎌を掛けてみるか?


……いや。


試してどうする。
本当にデスノートを持っていたら、どうするんだ?

逆に完全にただのハッタリだったらどうするんだ?

この女の、最初の殺人は証明出来ない。
リューを使って殺人を教唆していた事も。


……今朝、一連の事件がそれぞれ実行犯の違う殺人教唆だと
気付いた時、調べたPCのディスプレイ画面が脳裏に蘇る。

検索ワードは「psycopath」だ。


  良心の異常な欠如
  他者に対する冷淡さや共感のなさ
  慢性的に平然と嘘をつく
  行動に対する責任が全く取れない
  罪悪感が全く無い
  過大な自尊心で自己中心的
  口の達者さと表面的な魅力


こんな人物でなければ、この一連の事件は引き起こせないと思った。
罪悪感皆無で、異常に口が上手く、相手の表情を読むのを得意とする人物。

最初はリューがそうだと思った。
だが、彼女は僕と話している途中で自らの罪に気付いた。
あの号泣が嘘泣きなら完全に僕の負けだが、それはあるまい。

キャラフは、笑える程に典型的なサイコパスだった。

僕でさえ騙されそうになったこの魅力で、生徒達を惹きつけたのだろう。
リューが「キャラフ先生の為」と言えば、人まで殺してしまう程。

肥大した自己愛。
このまま放っておいても、いつか同じような事件を起こして
破滅していくだろうが。


……こんな人間を、野に放って良い訳が無い。


汗が、額から噴き出す。

今日の朝から、何度も触った腕時計に、触れる。


もしこの女が本当にデスノートと死神の目を持っているのなら
生かしておくという選択肢はない。

持っていなくても……。


「死ぬのは怖い?」


その時、女がもう一度窓の方を振り返って横顔を見せながら、
話し掛けてきた。


「そうですね」

「安心して。楽に殺してあげるから」


また、汗が噴き出す。
その理由を恐らくこの女は、誤解している。


僕は、腕時計の竜頭を、四回引いた。






  • トゥーランドット「心に秘めた大きな愛です」1

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