トゥーランドット「泣くな、リュー」4
トゥーランドット「泣くな、リュー」4








皆現場に行ってしまったのか、校内には職員の影も生徒の気配もない。
だが、「彼女」は居るだろう。

殺人現場を録画した動画の中で、「彼女」は一人、嗤っているように見えた。
その直後僕と思い切り目があったのだ。
きっと僕が訪ねてくると予測しているに違いない。
恐らく逃げはしない、逃げる位ならあんなに挑戦的に笑ったりしないだろう。



職員室にも誰も居ない。
その隣の校長室のドアを思い切り開け放ったが、こちらにも誰も居なかった。
続いて、その隣の事務室兼印刷室のドアを開け放つ。

……彼女は、普通に事務机で書類作業をしていた。
居ると思いながらドアを開いた筈だったが、やはり少し驚いた。


「……ミス・ピング」


ミス・ピングはちらりとこちらを見上げただけで、無愛想に書類に
向かっている。
たが、無言で見つめ続けていると漸く顔を上げ、ニヤリと笑って眼鏡を外し
椅子を引いた。

立ち上がると、ほぼ僕と同じくらいの身長、僕と同じくらいの体格。


「もう終わりましたか?……本物の、キャラフ先生」

「……」


女は黙ったまま部屋の隅の洗面台に向かうと、ばしゃばしゃと顔を洗い始めた。
タオルで乱暴に拭うと、ぼろぼろと茶色い皮のような物が剥がれ落ちて
その下から滑らかな肌が現れる。


「これ、結構大変なのよ」


改めて聞いた声には、相変わらず艶がある。
ミス・ピングの姿の時は違和感があったが、なるほど、元はこの若さか。


「でしょうね」


答える僕にもう一度ニヤッと笑って見せ、自分の前髪を掴んでばさりと鬘を外す。
現れる、茶色いショートカット。
化粧もしていないその顔は……写真よりも僕と似ているように思えた。


彼女が、本物の黒幕だ。


……無理だったのだ。あの可哀想なリューには。
絶大なカリスマで、沢山の生徒を思いのままに操る事など。

それが出来たのは、たった一人。

何から話せば良いのか……。
彼女の様子から見て、僕が全てを悟った事が分かっているだろうから
小説の中の探偵のように敢えて説明して追求する必要もないか。


「自首をする気は、ありますか?」


いきなり結論から尋ねたが、勿論彼女は驚きもしなかった。


「何故?」

「あなたのせいで、大勢死にました」

「でも私は、誰も殺していないわ」


……そう言うだろうとは、思った。


「リューを選んだのは何故?」

「選んだ訳じゃないわ。あの子の方から私に近付いて来たのよ」


リューはキャラフが赴任してすぐに保健室に来た。
同じ東洋人で、自己実現しているキャラフに懐く様子を見せたと言う。


「あの子は優等生を演じていたけれど、その実コンプレックスの塊で
 自分より幸せそうな生徒を一方的に怨んでいるのはすぐに分かったわ」

「では、死んだ人達の人選は、リューが?」

「大半はそうね」


それで話がややこしくなったんだ。
美人ばかりを殺す『妬み』と、カリスマ性を持つ“トゥーランドット”は
イメージが合わなかった。


「リューの言う通りに殺していたら、早く足がつくかも知れないから
 掲示板である程度絞って、その中から選ばせたけど」

「何故、謎かけだったんですか?」

「その方が面白いでしょ?」

「……」


料理の皿に何故バジルを一枚添えたのか、とでも訊かれたかのように
気軽に微笑んで答える彼女に、こちらは声も出ない。
掲示板は、人心を攪乱して喜んでいる子どもの仕業だと言っていたLの言葉が蘇る。


「最初の『美少女アーチー』だけは私が塩化カリウムを注射して……
 ああ、私も殺してるわね」

「……そんな物。どこから」

「養護教諭の資格を偽造して貰いに行った時にね。元彼に調達して貰ったの」

「簡単にくれたんですか?」

「ええ。キス一つでね」

「あなたは他人を犯罪者にする天才なんですね」

「ありがとう」


キャラフは悪びれもせず、優雅に微笑む。


「塩化カリウムは便利ね。心臓麻痺に見せかけられるし、痕跡も残らないし」

「……」

「とにかくリューが逆恨みしていたアーチーを私が殺してから
 あの子は私に逆らえなくなったの」

「リューがあなたを訴えたらどうするつもりだったんですか?」

「そんな事出来ないわ。だって私は」


そう言ってキャラフは、一歩二歩と僕に近付く。


「キラだもの」






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