トゥーランドット「泣くな、リュー」3 「そんなの、許せない。一人だって二人だって同じだって。 そう思ったら、体が勝手に」 一人だって二人だって……って。 「……あなたも、誰かを?」 下を向いてぶるぶると震えていたエミリーは、やがてぽつりと口を開いた。 「モリスの薬液を入れ替えた……」 薬物実験中に、中毒死した子か。 「何故?」 「え……だって……」 エミリーは驚いたように目を見開いて、僕を見つめる。 「ナターシャを殺したのがアマンダだって、あなたに伝えたのは誰?」 「……」 しまった、焦りすぎたか。 少女の驚いた目が、やがてじわりと動いて僕を通り越した。 「先生」 背後からの声に思わずびくっと震えてしまう。 振り向くと、そこにはリューが立っていた。 中に入って後ろ手にドアを閉める。 「リュー……」 「嗅ぎ回りすぎですよ?」 つい昨日、友人を介抱した時と全く変わらない声音。 この少女が……。 「あなたね?エミリーにアマンダの事を言ったのは」 リューの口元は、「笑い」に似た引き攣りを見せていた。 「あなたも、誰かを殺したの?」 「さあ?言質なんか取らせませんよ」 「アマンダが、邪魔だったの?」 「ああ、あの子、誰と誰が殺人者なのか気づき始めていたし、先生に色々言っちゃうし 勝手に自首しようとするし、最悪の裏切り者でした」 「だからって死んで良いと言うものじゃないでしょう!」 思わず、声が大きくなってしまう。 リューは一瞬驚いたように目を見開いたが、逆上したように僕を睨んだ。 エミリーは、毛布を被ってがたがたと震えている。 「アーチーにもフリントにもラビニオにも、ナターシャにもベスにも モリスにも、死ぬ理由なんてなかったのよ」 「あったわよ!」 リューが眉を逆立てた。 吊り上がった目は、本当に「トゥーランドット」のポスターのようだと 僕は場違いな事を考える。 「あの子達、白人できれいで、私を馬鹿にして! ラビニオなんか黒人のくせに成績が良くて私を脅かして、」 「……なんて勝手な」 思わず本気で呆れた声が出たが、それが更にリューを刺激したようだ。 「あなたには分からないでしょうね!同じ東洋人でも。 バカにされた事ないでしょう?チビって言われた事ないでしょう? 不細工って言われた事ないでしょう?」 「……」 「私はずっと頑張ってきた。あの子達を見返そうと何倍も努力した」 「……」 「でも」 東洋の少女は、僕の目の前で拳をぶるぶると震わせる。 その目に、水が溜まってきた。 「敵わなかった。成績が悪くてもピアスだらけでも、きれいだって言うだけで お金持ちで素敵なボーイフレンドが出来て」 「……」 大粒の涙がぽろぽろと零れる。 「何もしなくて、ただ生きているだけで私よりずっと幸せに、 なって、そんなの、」 ……この子は、違う。 イメージが合わない。 と言ったら、Lは鼻で笑うだろうか……? 「不公平だわ!!」 少女の目から、水道のようにぼろぼろと涙が流れ続ける。 鼻先を通り、鼻水と一緒に床に落ちる。 「リュー」 僕は手を差し伸べ、ハンカチでその顔を拭った。 「大丈夫。大丈夫よ」 「っくっ、……っく」 「あなたはまだ十分にやり直せる。あなたは本当は良い子だわ。 そうやって後悔の涙を流せるんだから」 「っうかい、なんか、」 「しているでしょう。 自分がとんでもない事をしてしまった事に、気付いたんでしょう」 今度は返事もなく、「ひぃー」とも「くぅー」とも聞こえる悲鳴のような 嗚咽が漏れただけだった。 泣くくらいなら、最初からしなければ良かったんだ。 その罪を自分が背負いきれるかどうか、実行する前に考えろ。 ……キラのように。 僕はポケットの中で、先程撮った殺害現場と野次馬の動画を Lに送信した。 リューは、しゃくりを上げ続ける。 「私……本当は、アマンダが、好きだった……凄く、良い子だった……」 「そうね」 「なのに、人を殺させてしまった……人に、殺させてしまった」 逆らう事が出来ない人物に、そう指示された、という事か。 本当かどうか……いや、僕にもナオミ程ではないが、人を見る目はある。 この子は一人でそんな大それた事が出来る器じゃない。 「私はあなたたちを警察に突き出したりしない。 あなたたちを信じている」 「……先生」 「自分で判断しなさい。自首をして罪を償うもよし。 このまま、死んだ子達の分まで社会に貢献するもよし」 実際、本当にどうでも良い。 彼女たちは、手足に過ぎない。 「だから馬鹿な事はしないでね」 血のべっとりついた白衣を脱ぎ、丸めて椅子に置いた。 「先生は、どこへ?」 「ちょっと、真犯人と対決してくるわ」 廊下へ出ると、賑やかなアメリカの救急車のサイレンが近付いて来ていた。
|