トゥーランドット「泣くな、リュー」2
トゥーランドット「泣くな、リュー」2








首から、今も血が少しづつ流れ出して居るが……。
辺り一帯、噎せ返るような血の臭いが。
この出血量では、恐らくもう無理だろう。

生徒の中には、その場で吐いている者もいる。
職員もどうして良いか分からないように、呆然としている。


「救急車は、呼びましたか?」

「あ、ああ。さきほど、プーティン先生が」


プーティンでは当てにならない!
その姿を探すと、こんな時にもやはり携帯を構えて写真を撮っている。
こんな状況では皆他人の事に気が回らず、非常識な奴が居ても
気付かないものなんだな。


「もう一度、出動状況を問い合わせて下さい」


傍で立ち尽くすティモールに言うと、慌てたように自分の携帯を
取り出した。

僕もプーティンを見習い、携帯を動画モードにして辺りの状況を
確認しながら、三百六十度録画する。

録画し終わってぱたりと携帯を閉じると、強い視線を感じた。

対面の人だかりの、向こう側にいる人物と……真っ直ぐに目が合う。
僕のした事に、驚いている顔ではない。
不謹慎と、咎める顔でもない。

あの表情は……。


「生徒は中に!生徒は、すぐに校舎の中に!」


視線を振り切って手を振ると、教師達は目が覚めたように
生徒を誘導し始めた。

僕は少し離れた所で気を失っていた生徒に近付き、抱き起こす。
昨日最初に僕に話し掛けてきた、エミリー・ポントだった。
衣服に大量の血が付いているので、もしかしたら現場に居合わせたのかも知れない。


「保健室に運びます」


誰にともなく言い、少女を抱いて校舎の中に向かう。
男だとバレないだろうかとか、そんな事は言っていられない。
僕も、渋井丸拓男以来の人死にの現場に、少し吐き気がしていた。


腕が痺れそうになりながら保健室に入り、ベッドにエミリーを寝かせる。
と、その血が付いたポケットから「からん」と何かが滑り落ちた。

カッターナイフ……。

ハンカチを取り出し、包んで拾い上げてポケットに入れる。
刃は仕舞われていたが、ハンカチはすぐに赤く染まった。


「エミリー……」


この少女が。
あの気の良い金髪のアマンダを殺したのか。

……デスノートで?

いや。
それはない。

プーティンにもルーシー・パンにも殺人の理由があった。
第三者に操られたとは思えない。
デスノートで物理的に人を殺させる、殺される死に方は出来ない筈だ。

携帯を開いて、先程録画した現場の動画を見直す。
怯えた、あるいはどんな表情をして良いか分からず呆然とした面々の中に、
よく見れば一人、違和感のある表情の人間が。
さっき強烈に目が合った、あの人だ。

どういう意味だ……考えながら、水を汲む。


「エミリー」


抱き起こして肩を揺すると、彼女はぱちりとその青い目を開いた。


「キャラ、フ、せんせ……」


言いかけて目を見開き、息を吸う。


「キャアアアアアア!」


叫びかけたのを、慌てて口を塞いだ。
指が、噛まれる。


「落ち着いて!落ち着いて!エミリー!」

「私、私、」

「何も喋らないで。まずは、お水を飲んで」

「は、は、」


呼吸困難に陥りそうな少女に、水の入ったコップを持たせる。
がたがたと震えて少し零したが、手を添えてやると何とか一口飲んだ。


「エミリー。息を吸って……吐いて」


背中をさすっていると、漸く少女の呼気が治まってきた。


「いい?落ち着いて。何があったの?」

「私……聞いて、アマンダが、ナターシャを、」


ナターシャ?
プールで溺死した子か。


「ナターシャを、殺したのは、あの子だって聞いて、」

「ナターシャはあなたの?」

「従姉、です。お父さんが亡命者だから隠してたけど、
 ずっと小さい頃から、仲が良い、」

「そう。それで?」

「呼び出して、本当かどうか聞いたら、泣き出して」

「認めたの?」

「は……い……。もう嫌だって。秘密を抱えて生きて行けないって。
 後悔してるって……言ってたけど……許せなかった」


あの、アマンダが。
プールで被害者の頭でも押さえつけたとでも言うのか?
それとも、言葉の綾か。


「許せなくて、刺してしまったの?」

「……」

「それは、ナターシャの復讐?」

「それも、あるけど。秘密を抱えて苦しいのは、私も同じなのにって」
 
「……」

「私だって、苦しい。でもそれを出さないように、頑張ってるのに。
 あんな風に簡単に泣いて……自首するって」

「自首……」


という事は、本当にアマンダがナターシャを……溺れさせたのか。
あの気の弱そうな、人の良い子が。殺人者だったなんて。






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