トゥーランドット「泣くな、リュー」1
トゥーランドット「泣くな、リュー」1








知らず知らずの内に餌を捲いてしまっていた訳だから、今日は
ひたすら待ちだな。
プーティンの事があるので出来れば早く解決したいが……。

と保健室でじっとしていると、早々にルーシー・パンがひょこっと顔を出した。
「雰囲気が変わった」と言う生徒の内、誰かが来ると思っていたが
こいつだったか。


「せ〜んせ」

「おはよう。今日はどうしたの?」


素っ気なく。
しかし最低限の義務の愛想は見せて。
偽物のキャラフとして、不自然でない表情を意識しながら微笑む。


「何か、先生のお役に立ちたくて」

「授業はどうしたの?」

「だって」


何やらくねくねしながら、勝手に椅子に座る。
しかしこの子からは、何か引き出せそうだ。


「授業を受けるのが気が進まないのなら、何かお話しましょうか。
 心理カウンセラーの真似事なら出来るわよ?」

「私の事は、いいんです。先生の事を聞かせて」

「そう言われてもねぇ」


さて。
僕は“abyss”を見ていない前提からどうやって話を持って行くか。
頭を捻ったが、僕に喋らせようとしていたルーシーの方が口を切ってくれた。


「ねぇ。リューからちゃんと話は聞いていますか?」

「何の話かしら?」

「うそ……」


少女はまた芝居がかった仕草で、手の甲を額に翳し
呆れたという仕草を見せた。


「リーランドの話ですよ!」


リーランド……パンを喉に詰まらせて窒息死した、という前任の臨時の養護教諭か?


「ああ、あなたが」


どんな表情をするか……ここは賭けだが、僕は瞬時に「微笑」にベットした。
可能な限り優しく微笑むと、パンはまた嬉しそうにくねくねする。


「そう。先生の復帰を邪魔していた前の保健の先生を、片付けたのは私なんです。
 他の『死』は偶然かどうか分からないけど、あれだけは殺人だわ」

「……」


嘘だろ……?
こんなに簡単に自白が取れるなんて……というか、なんて簡単に
殺人の経験を語る子なんだろう。


「直前にフロンガスを吸わせて、意識を失った所で喉にパンを押し込んだの。
 食堂の片隅で誰にも見られないようにって、すっごくドキドキしました」

「そうね」


軽い口調で自ら死に追いやった瞬間を語る少女に、不快を隠せずつい顔を背ける。

ポケットの中で携帯のボイスレコーダーを作動させたが、
上手く録音出来ているだろうか。


「でも、私に接触しないように言われなかった?」

「あれから十日以上経ってるんです。
 もういいんじゃないですか?」

「……今日はもう帰った方が良いわ」

「先生」


パンが、立ち上がってこちらに近付いて来た。


「私、先生のお役に立ちたくて。
 見返りが欲しくてやった訳ではないけれど、一瞬だけ私の物になってくれたら
 一生その思い出を大切にして生きて行けるわ」

「ルーシー」


……僕の経験上、女は一度で済む生き物じゃない。
要求がエスカレートする可能性もあるが……。
ここでこの子を逮捕して、他に逃げられては元も子もない。

レズの相手をする事になるとは思いも寄らなかったな。
などとどこか冷静に考えながら、僕はパンを抱き寄せた。

髭を永久脱毛していて、そしてシリコンの胸を装着しておいて
良かった。





「先生……」


長いキスが終わった後、ぼんやりとしたルーシー・パンの肩を押す。


「いいね。今日はもう帰るんだ」

「はい……」


少女がふらふらと出て行った後、リュークが首を捻った。


『しかしいきなりキスとは驚いたな』

「そうか?今のところ僕に惚れさせておいた方が良いだろう」


養護教諭を殺したのは、ルーシー・パン。
フリントを間接的とは言え殺したのは、プーティン。

しかし二人とも、他の殺人については何も知らないようだ。

そして、間接的にキャラフに指示された、と思っている。
少なくともルーシー・パンは、リューを間に挟んでいる。

リューが……黒幕か。

プーティンの場合も主にメールでの遣り取りなのだから
リューがキャラフに成りすます事も可能だ。

リューに話を聞く、か?

いや、まだ他の殺人の詳細や犯人が分からない。
もっと証拠を押さえるのが先だ。



その時、教頭のティモールが、保健室の前の廊下を
どたどたと走って行った。


「どうかされたんですか?」


顔を出して言うと、


「あ、ああ、キャラフ先生。また、生徒が、ああそうだ、先生も一緒に来てくれ。
 応急処置とか、いや、どうか分からないが、」


新たな事件か!
白衣を羽織ったまま廊下に飛び出し、ティモールの後を追う。

体育館脇に人だかりがある。
近付いてみるとそれは、遠巻きに真っ赤な敷物を眺めている
職員と生徒達だった。

いや、敷物じゃ、ない……。

あり得ない程の大量出血をして。
その血溜まりの真ん中に倒れているのは……見覚えのある
金髪の大柄な少女だった。






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