トゥーランドット「誰も寝てはならぬ」7
トゥーランドット「誰も寝てはならぬ」7








「届いたリンゴを全部破棄するぞ!」


リュークに向かって言うと、男の動きが止まった。


「急に何の話だ?」

「私、酔ったみたい」

「もっと俺に酔えよ」

「……」


心の中でえづいていると、リュークが慌てて荷物の中からリンゴを
持ち出しているのが見えた。

夢中で僕の首を吸っている男の、肩を指で突つく。
男は「ん?」と顔を上げると、


「っ!!」


宙に浮かんだリンゴに気付いた。


「な、な、」


リュークはますます慌ててリンゴを抱え込む。
男の目には、五個のリンゴが固まったまま宙を行ったり来たり
しているように見えている事だろう。


「リンゴが、浮かんで、……何だ?写真写真……携帯……」

「落ち着いて。あなたも酔ってるのね?」

「どうだろ……とにかく写真……」

「私には何も見えない。ねえ、今日の所は帰って」

「でも」

「大丈夫。私は逃げも隠れもしないわ。ねぇ……もっとムードを作ってよ。
 リンゴがどうとかって……そんなの嫌よ」

「あ、ああ」


男の前を撫でながら、ファスナーを上げてやると
男は鼻の下を伸ばしてふらふらと立ち上がった。


「明日の晩、私の方からあなたの部屋に行くから。
 今晩は帰って」

「本当かな」

「今日は何の準備も出来てないのよ。女には、色々と準備が必要なの」

「セクシーな下着とか?」

「……それも含めて」


何を想像したのか男は鼻息を荒くし、ウインクをしてドアに向かった。
僕も努力してニコニコしながら扉の所まで送ると、もう一度抱きしめられて
唇を強く吸われる。
まるで、掃除機とキスしているようだと思った。



男を送り出して、ドアに鍵を掛けると思わずそのままへたり込んでしまう。
酒と薬のせいでまだふらふらするが、それ以上に安堵に力が抜けて
しばらく立ち上がれなかった。

男に、腕力で完全にねじ伏せられたのは初めてだ……。
「自分より強い者に出会った事がない、という印象」は払拭されているだろうから
ナオミに会ったのが今以降ならば、男だとバレなかったかも知れない。


それにしても咄嗟にあんな事を言ってしまったが……明日の晩はどうやって躱そう。
キャラフと何か関係があったらしいのも気になる。

あの様子では、体調が悪いとか言っても通じなそうだな……。
入院する程の病気か怪我でもしない限り、逃げられなさそうだ。
どうしたものか。


……Lに言ったら、きっと助けてくれるだろうな……。


きっとどんな手を使ってでも僕を守ってくれるだろう。
あいつを突然出張させたり、あいつの親兄弟に何かして、
それどころじゃなくならせたり。

馬鹿な。

何を考えているんだ。
Lに助けを求めるなんて、そんな事は僕のプライドが許さない。
この程度の苦境、自分で何とかしなければ。

……明日の晩までに事件を解決して、この寮を出てやる。

それしかないし、僕にはそれが出来る。


僕はもう一度状況を整理し始めた。




翌日は早く出勤して、PCルームに行ってみた。
既に鍵が開いていて、生徒が一人居る。


「おはよう」


声を掛けて振り向いたのは、昨日保健室に来た金髪のアマンダだった。


「おはようございます。早いんですね!」

「あなたこそ」

「私はちょっと、調べ物があって……先生は?」

「私も。ここならPCが使えるって聞いて」


誰がトゥーランドットか分からないんだ。
一応僕はPCを持っていない、“abyss”なんて知らない、という体が
良いだろう。

……少女が向かっていたPCの、ちらりと見えた画面は“abyss”のものだった。
生徒は僕の視線に気付いて、慌てて画面を閉じる。


「あなたも個人のPCを持ってないの?」

「はい。親がそんな物を持ち込んだら勉強の妨げになるからって」


なかなかに賢明で、凡庸な親だ。


「そうだったの。昨日寝不足だったみたいだから、夜遅くまで自室でネットでも
 していたのかと」

「違います。ちょっと考え事をしてて」

「私が言ったんじゃないわ。寝不足の生徒が居たって言ったら、
 ええと……背が高くて筋肉質の男の先生が……」

「ああ、プー・ティン・パオですね」


生徒は少し噴き出しながら言った。


「そう。そのプー・ティン・パオが」


僕も笑いながら言って、それがあの男の本名ではないだろうと判断する。


「どうしてプー・ティン・パオなの?」

「前にプーティン先生の事を、ウラジーミル・プーティンって呼んだ子が居て。
 心理学の成績を相当マイナスにされたらしいんです」

「そんな事で?!」

「そう。だからそれ以来ウラジーミルは禁句。
 だからみんな“親しみを込めて”プー・ティン・パオって呼んでるんですよ」


なるほど。あの男はプーティン、心理学の教師か。
体を使う科目かと思った。


「プーティン先生以外、若い男の先生居ないでしょ?
 モテそうだけど」


当てずっぽうだったが、少女は軽く頷いた。


「そうですね。大人っぽい子たちはきゃあきゃあ言ってますけど
 ああ言うマッチョな人は嫌いって言う子も多いです。
 両極端ですね」

「そう」

「どちらかって言うと……キャラフ先生の方が、人気だと思います」


僕はまた、苦笑するしかない。


「そう言えば昨日、リューに気をつけろ、って言ってたわね」


話題を変えると少女はたじろいだが、しばらく見つめていると
何かを決心したように息を吸った。


「……誰にも言わないでくれますか?」

「ええ」

「私最近、リューが怖いんです」

「怖い、って」

「先生はリューをよく知ってるから気付かないかも知れないけど、
 何となくあの子、普通じゃないです」

「……」


僕が……いや、キャラフがリューを良く知っている?
昨日のリューとの会話を思い出してみたが、間違いなく殆ど初対面の者同士の
それだった。

リューは、僕が偽物だと気付いている、という事か……。






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