トゥーランドット「誰も寝てはならぬ」8 「お友だちが死んだり、色々と怖い事があって不安定なんじゃない?」 「かも知れませんけど……」 リューが僕を警戒しているとしたら、彼女の情報も疑わなければ。 今確認してみるか。 「そう言えば、フリントと付き合ってたシドニー・ティールの事を お調子者だって言ってたけど、本当はリューも好きだって事はない?」 「どうかなぁ。リューはフリントもシドニー・ティールも嫌いだって言ってました。 でも、普段はわざわざ誰かを嫌いだって口にする方じゃなかったから」 「そう……フリントはピアスだらけだし、リューとは見るからに合わなそうだけど」 「そうそう。でもシドニー・ティールはどちらかと言うとリューと合いそうな お坊ちゃんタイプだから、不思議ですね」 否定は、ない。 ならばシドニー・ティールとフリントが付き合っていたのも、 フリントがピアスだらけなのも、本当だ。 まあ、賢い子ならそんなすぐにバレる嘘は吐かないか。 「今は学園全体の雰囲気が変だし……他にも変わったな、と思う子も 居るから、やっぱりリューの事も気にしなくて良いかも」 「分かったわ。そうね、みんなメアリー・ゴッツィみたいに夢中になれるバンドでも あれば良いんだけど」 「ああ、Mandarinね、ホントにあの子は事件前も今も変わらない。 私達とは、見えている世界が違うのね」 Mandarinを好きなのも、メアリー・ゴッツィで間違いない。 そして、トゥーランドットの謎かけに答えて生き残った女の子。 美人ではないから、殺されなかった……とすれば。 「ねぇ。念の為に、雰囲気が変わった子を教えてくれない? PTSDの症状が出ていないかどうか、確認したいの」 「えっと……私が勝手に思ってるだけで、実際どうかは分かりませんけど……」 少女がいくつか名前を挙げたので、メモして行く。 その中には、昨日のブルネット、ルーシー・パンの名前もあった。 「……ごめんなさい」 「何が?」 「だって……よく考えたら、元々ちょくちょく保健室に来てたメンバー ばかりだから……」 「ああ。いいのよ。私も様子が見易いと思ってたところ」 何食わぬ顔で微笑むと、少女も安心したように笑った。 「話は戻るけど……誰がPCを持っていて、誰が持ってないかって、分かる?」 「ええ。同じ授業取ってる子なら、大体分かると思いますけど」 「死んだ女の子達って、PC持ってた?」 頭にクエスチョンマークが浮かんでいるような顔をするので 慌てて首を振る。 「いえ、ネット依存についてちょっと調べてるの」 「彼女たちは自殺じゃ無いですよ?」 「ええ。そうなんだけど」 とは言え少女は深く考える様子もなく、二人の女の子は持っていたと教えてくれた。 「モリスのPCは、ご両親が学校に寄付してくれたんです。 荷物を引き取る時、これはもういらないからと言って」 「ああ……あれね?」 PCルームの端に、一つだけ新しめのデスクトップPCが置いてある。 当然中身は初期化されているだろうが。 「じゃあ、授業が始まる前に行きます」 「ええ。気をつけてね」 「あの」 「はい?」 「私がリューとかについて言った事……」 「勿論、絶対に他言しない。安心して」 「……ありがとうございます。先生とお話出来て、良かったです」 「私も良かったわ」 少女はにっこりと笑ってドアを開けたが、そのまま少し躊躇った後、 思い切ったようにこちらを振り向いた。 「その、先生って綺麗だけどちょっと近付きにくいって言うか…… あまり生徒に関心がないタイプだと思ってました。 こんなに熱心に生徒の事を考えてくれる人だなんて、知らなかった」 「どういたしまして。 平和なのに越した事はないけれど、今はある意味非常時だから」 「ああ、それもそっか。じゃあ、失礼します」 少女が出て行くのを確認するやいなや、僕はモリスのPCを起ち上げる。 殆どの履歴は当然消されていたが……完全に初期化はされていないらしく 深く潜ってみると前のPCから引き継いだフォルダが残されていた。 その中のブックマークに、“abyss”が。 「やった……」 書き込んでいたという証拠は無いが、キャッシュを調べて IPアドレスや機種、OSと併せればきっと裏が取れるだろう。 今日は朝から色々と収穫があった。 僕が偽物だと気付いている、リュー。 保健室に良く来ていたメンバー。 そして、“abyss”に書き込んでいたメンバー。 ……そう言えば、Lにそれぞれの死亡現場の画像を送る約束だった。 保健室に行く前に、職員室に顔を出す。 校長に校内を歩き回っても不自然で無いような理由をつけて貰おうと思ったのだ。 しかし、校長は不在だった。 肩を落としたその時、「P.プーティン」と書いてあるデスクが目に入る。 今は授業中のようだが、忘れたのか置いて行ったのか、引いた椅子の上に ぽつん、と携帯電話が残っていた。 周囲を見る。 一人だけ、デスクワークをしている職員が居るが、僕に気付いていない。 ……昨日、リュークが持ち上げたリンゴを撮ろうとしていた所からして、あの男は、 何かあったらすぐに写真を撮る癖があるらしい。 ならばもしかしたら、死亡現場も撮影しているかも知れない。 こっそり携帯電話を掠め取って、女子トイレに籠もる。 気兼ねなく個室に入れるのは女子トイレの良い所だ。 一応全写真データをコピーして、もう一度職員室に戻しに行く。 それから保健室で、ゆっくりと確認した。
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