トゥーランドット「誰も寝てはならぬ」5 Lに送って貰い、ミス・ピングに学校の門を開けて貰った頃には薄暗くなっていた。 携帯で校長に帰校連絡をしながら、寮に戻る。 玄関ホールに、新聞を読んでいる男がいてギョッとした。 「あ……」 「ああどうも。久しぶり。キャラフ先生、今回は寮に入るんだ? どの部屋?」 馴れ馴れしいな……僕がキャラフでない事に気付いていないようだから キャラフと元々親しいという事もなさそうだが。 アメリカンフットボールでもやっていたような、長身で体格の良い男だ。 「あ……っと、右の一番奥です」 「俺の斜め向かいだ。よろしくね」 「ええ……よろしくお願いします」 今日職員室に居なかったが、こいつも教師なのか? 勝手に女子寮だと思っていたが、違ったのか。 「晩飯は?」 「いえ……まだ作っていません」 「材料あるんだ?」 「はい。一応、パスタが」 Lの送ってくれた荷物の中に入っていた。 野菜が少ないから、また買い物に行かないといけないな。 「なら一緒に食おうぜ。俺はビールとサラダの用意があるから」 「……」 教師と親しくするのは危険……かも知れないが……。 野菜の魅力と、こいつにも話が聞けるかも知れない、という思いから 僕は頷いた。 一階のキッチンでパスタを茹で、一緒にサラダを作って テーブルに並べる。 他の入居者と重なると作りにくいな、と思ったが、誰も来なかった。 「人がいませんね……」 「一応寮を借りてるだけで、住まずに物置にしてる奴が多いから。 昨日はどうした?」 「昨日は荷物の中に簡単な調理パンを入れていましたので、それで」 「それで会わなかったんだ」 気さくというか……校長と言い、この学校はどうなってるんだ。 それにしてもそろそろ正体が知りたい。 「では頂きましょうか」 手を合わせると、既にフォークを握っていた男は首を傾げた。 「何に祈ってる?」 「祈っているというか……食べられる命に対するお礼、と聞いています」 「日本の宗教?」 「宗教とは少し違うんですが」 「肉も植物も、死んでるんだから聞こえないよ。生きていても通じないけど」 子どもっぽい男だな……まあいいけど。 僕はただ苦笑を返して、サラダに口をつける。 「そういう事する人だって、知らなかった。 やっぱりメールとは印象が違うな」 「……」 ……キャラフとこの男は恐らくプライベートでメールの遣り取りをする仲、と。 顔はうろ覚えでも性格は良く知っている可能性がある訳だ。 用心しなくては。 「まあ人間も、死んだら何言っても聞こえないよね」 「あまり食事中に相応しい話ではないわね」 いや、逆に都合が良いか。 「そう言えば私、休職していたのでお葬式に行けなくて、 どの子にもお別れを言えていないの」 「食事中の話題じゃないんじゃなかったの」 「あなたが気にしないなら」 「ああ、気にしないね。 みんな可愛い子達だったから、残念だったなぁ」 「そうね。全員と喋った事、ある?」 「俺の授業取ってる子は、多分。ああ、フリントは間違いなく喋ったな」 意味ありげに笑って言う。 何だ? しかし、やはり教師か……。 一体何の科目だろう。 「生徒達も浮き足立ってるみたいね。 今日も寝不足の子が保健室に寝に来たわ」 「まあ、これだけ死んだら仕方ないね。 でも今時の子はたくましいよ。夜遅くまでネットでもしてたんじゃない?」 「PCを持ってる生徒、多いの?」 「どうだろ。PCルームが自由に使えるから、個人で持ってるのは 半分くらいかもな」 PCルーム。と、頭の中にメモする。 そこからの書き込みだとややこしくなるな。 「生徒がこっそり交流する秘密のサイトって……」 そこで言葉を切って鎌を掛けてみたが、男は肩を竦めた。 「さあ。あるかも知れないけど興味ないね。 女の子同士のおしゃべりはいつもつまらないよ。 あ、でも、こういう女の子とのおしゃべりは、大好きだけど」 男はさわやかに笑って、ビールを勧めてきた。 あまり強くないのだが……一口だけ啜って、男にも勧める。 もう少し口が軽くなって欲しい。 「私、前も一ヶ月居なかったからこの学校の事は詳しくなくて」 「何でも聞けよ」 「例えば校長先生はどんな方かしら?」 「それは、」 男は、突然爆笑した。 耳障りで、頭がくらくらする声だ。 「君が一番詳しいだろ?」 なるほど。キャラフと校長の仲は、公然の秘密だった訳か。 「今は違います」 「そうなんだ?」 「生徒には言わないでね」 「勿論。さすがに気付いてる子は居ないだろ。 君が自分で言っていなければ」 「言う筈ないじゃない」 「俺には簡単に言ったのに?」 ……? めまい、が?
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