トゥーランドット「氷のような姫君の心も」1 夜神を、一生「朝日月」で固定する。 悪くはない考えだ。 丁度、今更ながらに夜神が男なのだと思い知った所だ。 彼の事だ、性別がバレるようなヘマはしていないと思うが 早速女子高生に騒がれているらしい。 女性ばかりの環境で暮らしている、しかも感受性の強い十代の少女。 夜神の中の牡の匂いを嗅ぎ付けてしまったのだろう。 彼が本気で「朝日月」に徹していれば、そんな事もなかっただろうに。 彼女たちと夜神はさほど年も変わらない。 年頃の女性の群れに、一人の美しい男を放り込んだのは……。 失敗かも知れない。 かと言ってこれが男子校だとしたら、「朝日月」として潜入させたくはない。 かと言って「夜神ライト」としても……それでも考えてしまう所だ。 要するに私は、彼を私以外の人間と関わらせたくないのか。 我ながら幼稚な独占欲。 しかし私は幼稚である事を不可とはしない。 探偵としての仕事に何の悪影響も及ぼさないからだ。 それどころか夜神を手に入れ、私の人生にモチベーションが増えた。 人と関わる事を、楽しいと思えるようになった。 彼の存在は、私という人間にとって間違いなくプラスだろう。 ならば、多少の独占欲が湧くのは仕方が無い。 彼との知恵比べとやらに勝った暁には、その辺りの要求をするか……。 私は夜神の事を考えるのは止めて、“abyss”のログの発掘作業に入った。 何人かの手を借りて、翌日昼頃には管理画面に侵入する事が出来、 この半年のログが手に入った。 情報を隠さないと言った以上、一応夜神にも送り、 自分もプリントアウトして眺める。 やはり、最初の事件直後から書き込みが爆発的に増え、事件が起こる度に 色々な噂話が飛び交っていた。 その中で、「怖いね」などの意味の無い書き込みを消し、 被害者の個人情報、固定ハンドル、固定されていなくても、同じ人物が書いたと 思われる書き込みなどを整理する。 夜神の言っていた“トゥーランドット”の名は、最初の事件が起こる前から 出ていた。 特に、最初に目に付いたのは二番目の転落死の直後の書き込み。 投稿者:トゥーランドット 学園の平和を乱されるのは、好みません トゥーランドットを名乗る者は、常に一行しか書き込まない。 これも事件と関係があるかどうかすらはっきりしない、何気ない一行だ。 しかし、以降、この一文の意味を巡って議論が行われていた。 即ち、 ・トゥーランドットが、事件によって学園の平和を乱されて不快になっている という解釈と、 ・トゥーランドットが、学園の平和を乱す者を処罰した という犯行声明だ、という全く逆の解釈だ。 どうやら二番目の被害者は、トラブルメーカーとして多くの生徒に 認識されていたらしい。 そして後者が、トゥーランドットを犯人の名として使用している訳だ。 夜神の言うように、特に犯人が中国系だという情報を持っている訳では無い。 しかし……偶の書き込みで、女王のように扱われているトゥーランドット。 中国の、姫……。 中国……。 ……生徒会長の、リュー? そう言えば彼女は聡明な筈なのに、埒もない報告ばかりして来たが……。 いや。予断は禁物だ。 私は自分の「印象」を信じるが、キラ事件の夜神程には「只者ではない」オーラはない。 ともかく、トゥーランドットの書き込みを抽出してみる事にする。 ログを見られた中で一番古い物は 投稿者:トゥーランドット 毎夜生まれては明け方に消えるものは? 現在これだけ騒がれているのに、三月頭のこの謎かけは、 相手にされず、流されている。 オペラの「トゥーランドット」と同じ問いなら、答えは有名だが。 三月末に、やっと誰かが Re:「希望」 と一言返信していた。 それに対してトゥーランドットは、 不正解 もっとシンプルです 自分の頭で考えましょう と、返信していた。 何故かこの遣り取りが気になり、トゥーランドットと「希望」の発信者を調べる。 IPアドレスによれば、書き込んだPCは別だ。自問自答という事はないだろう。 またこの学校のホストなので内部からの書き込みだという事がわかった。 本館か、二棟ある寮の内どちらかか、という所までは調べれば何とかなるかも 知れないが、どの部屋からか、という事までは残念ながら分かるまい。 ……いや。 諦めるのはまだ早い。 管理画面に入り、件の二人の書き込みパスワードを見る。 トゥーランドットの方は、「Les Mille et un Jours」。 件のオペラの、原作の原題だ。 「希望」の方は、数字の羅列。 ……いや、これは。 慌てて校長から預かっている名簿の学籍番号を調べる。 見覚えのある数列の上には、横棒が引っぱってあった。 ……最初の、心臓発作で死んだ少女だ……。 これは、偶然か? そのIPアドレスの、他の書き込みも探す。 無記名の「希望」の直後に、「ペルシア」というハンドルネームで 数学が分からない、という独り言のような愚痴を書き込んでいた。 そこには、普通過ぎる程普通な、殺される理由などどこにも見当たらない 平凡な少女像が見て取れた。
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