トゥーランドット「お聞き下さい、王子様」10 夕食前には、Lからの荷物が届いた。 早速寮の部屋に戻って開ける。 トイレットペーパー、タオル、石鹸、シャンプー、筆記用具……。 日用品の他に服もいくつか入っている。 少しマニッシュでLの好みからは少し外れているような気もするが、 「ミス・キャラフ」風なのだろう。 しかし喪服まで入っていたのには驚いた。 いや、この二ヶ月余りで七人も死んでいるし、それぞれ葬式もしただろうから このペースで死人が出れば喪服の一つもないのは不便だろうが。 縁起が悪いというか、不謹慎な気もする。 一番ありがたかったのは、ネットワークに繋がっているノートPCだ。 久々のキーボードの感触、調べたい事は山程あるが、Lに監視されている 可能性を考えて無駄な遊びはせず、早速“abyss”の入り口を探す。 見つけた後、いくつかの解析ソフトをダウンロードして組み合わせ…… 三時間ほど掛かったが、やっとパスワードをクラック出来た。 「さて。有益な情報があるかどうか」 中の掲示板は匿名だが、稀に固定ハンドルも居る。 普段はどうか知らないが、今の話題は連続殺人一色だ。 パンの言った通り、被害者の共通点として「美人」を上げているトピックもあった。 死んでいない美人も多いので、「それを共通点とするのは無理がある」 という意見が多いようだが。 しかし逆に言えば、生徒から見てもその程度しか共通点がない、という事だろう。 これは、難しい……。 あと、面白いのは、この掲示板では連続殺人の犯人の名を「トゥーランドット」と 仮定している事だ。 中国の美姫の名前……。 生徒の25%を占める中国系移民……。 生徒の内、少なくとも何人かは、犯人が中国系だと思っている…… あるいは、知っている? いつから「トゥーランドット」という名前が出て来たのか、遡って調べようと思ったが ログは一ヶ月程しか残っていない。 パスワードも複雑だったし、誰だか分からないが、この掲示板を構築した人間は 相当用心深いと見える。 かと言って見た限りでは、それほど重要そうな情報はないが……。 僕は背もたれに凭れて少し考えた後、メーラーを開く。 たった一つ登録されているアドレスに、早速メールを送った。 『無事届いています。 念の為に、執刀医の名前を書いて下さい』 全く用心深い。 僕が「何の執刀医だ」とでも返したらどうするつもりだったんだ。 まあ、その程度の事を忘れるとは思いもしなかったんだろうが。 ドクター・ディッシャーと書いて送ると、 『間違いなくライトくんですね。何か分かりましたか?』 と、事務的を通り越して最低限な返信があった。 “色々分かったが、その前に、一つ提案がある” 『何ですか?』 “せっかくだから、君と僕とで知恵比べをしないか?” 『具体的には?』 恐らく、彼は僕の連絡を待ちわびていた。 喉から手が出る程僕が知り得た情報を知りたがっている。 その前の、この一見無駄に見える短文のやりとり。 苛々しているだろうか? ならば思う壺なんだが。 “どちらが先に犯人に辿り着くか” 今度は十分ほど間があった。 何か考えているのだろうか?と返信を待ちながらやきもきしたが、 『話が込み入りそうなのでこちらで』 チャットルームを準備していただけのようだ。 L:まず、先程の話ですが圧倒的に私が不利ですね。 あなたは現場に居る。 あらゆる情報が早く入り、しかも私に隠す事も可能だ。 Y:それは君も同じだろ。依頼人と直接繋がっているのはLだ。 僕に開示されていない情報もあるだろうし、警察だって動かせる。 L:そんな事はしません。 Y:僕だって情報を隠したりしない。犯人に辿り着き、推理を披露する時は 絶対に君も知っている情報だけで行う。 L:なるほど。私にも同じ事をしろ、という事ですね? Y:そうだ。 L:面白そうですね。分かりました。 しかしまあ、事件解決とあなたの身の安全が第一義です。 無茶はしないで下さい。 Y:分かってる。 L:あと、そんな事を言い出すには勝ったらおねだりがあるんでしょう? ああ。そうだ。 僕は……おまえの情婦である状態に……奴隷である事に、長い間は耐えられない。 今回の事で、痛いほど感じた。 僕は、自分の足で歩きたい。 おまえの許可無しに、誰かと話したい。 自由が欲しい。 ……おまえとの生活が、嫌だった訳では無いけれど。 Y:ああ。もし首尾良く僕が先に犯人を見つけたら、僕を自由にして欲しい。 おまえと決別するとは限らないよ。でもそれは僕が決める” L:私が勝った場合は? まあ、僕を自由にするような勝負など、普通はしないだろうな。 だが。 Y:おまえに一生服従する。 ずっと「朝日月」でいろと言うのなら、そうする。 Enterキーを押すのに数秒躊躇ってしまったが、Lからの返事は 間髪置かずに来た。 L:分かりました。それでは、今日の開示情報は? あっさりした肯定に、思わず拍子抜けする。 本当に僕の言った意味が分かってるんだろうな……。 それとも僕が先に解決する事などあり得ないと高を括っているのだろうか。 ……あるいは。 「朝日月であり続ける事」は、思考の余地もない程魅力的な条件なのだろうか。 気にはなったがそれは言っても仕方が無い。 僕は今日聞いた校長の話、パンの話、“abyss”の事を伝えた。 Y:そちらで、一ヶ月以上前のログがどこかに残っていないか調べてくれ。 このノートPCの性能では限界もあるし、時間もない。 L:分かりました。しかし、被害者が全員“美人”というのは、気付きませんでした。 有益な情報をありがとうございます。 Y:写真は持っていないのか? L:持っていますが。あまり沢山の一般人に会った事がないので 比較対照が出来ませんでした。 Y:“美人”の基準が分からないって事?以前、僕、というか“朝日月”の事を 美人って言ったのは社交辞令というやつか。 L:いいえ。私が顔を見知っている範囲の女性、ハリウッド映画やTVで見る 女性の中では飛び抜けて私好みの顔立ちをしている、という意味でした。 ……いやいや。 ハリウッド女優と比べるなよ恥ずかしい……。 比較対象にならないだろう、と思ったが、最初は曲がりなりにも 「女優」として出会ったから仕方の無い事か。 Y:そちらの開示情報は? 馬鹿馬鹿しい雑談は切り上げて仕事モードに戻り、Lから、校長が本物のキャラフと 付き合っているという意外な事実、そのキャラフの前職はモデルである事、 生徒会長のリューから聞き出した被害者達のどうでもいい共通点など、 有益か無益か分からない情報を聞き出した。
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