トゥーランドット「お聞き下さい、王子様」9
トゥーランドット「お聞き下さい、王子様」9








保健室に行き、クローゼットに掛かっていた白衣を羽織る。
肩幅がややきついが、他は誂えたようにぴったりだった。

色々な薬がある場所を覚え、分からない単語は携帯で調べ
器具の使い方を確認する。
今日中に、この場所を自分の物にしなければ。

校庭からは、運動部だろう、色々な掛け声や歓声が聞こえている。
それからフルート、ブラスバンド、歌声。
放課後のクラブ活動は日本と変わらないようだ。

その時、控えめなノックの音が聞こえた。
僕は慌ててマスクをする。


「どうぞ」

「失礼しま……どうしたんですか?そのマスク」


入って来たのは、ブルネットで化粧の濃い生徒だった。


「風邪気味だから」

「ああ、気をつけて下さいね。
 とても日本人らしいですね」

「今日は何のご用?」

「エミリーからキャラフ先生が復活されたって聞いて」

「用がなければ保健室には来ないように、というのは聞いてない?」

「ああ……んと、怪我、したんです!傷口が開いちゃって」


そう言って差し出された指には確かに傷があったが、
もう治りかけているように見える。


「傷口が開いたというよりは、プラスターが剥がれた、という様子ね」

「バレましたか」


少女は大袈裟に両手を上に向けて、肩を竦めた。
一応絆創膏を用意し、手指に張ってやる。


「ごめんなさい……エミリーからプリンスが復活したって聞いて
 居ても立っても居られなくて」

「プリンス?」

「キャラフ先生は我が校のプリンスですよ!」

「……」


そう言えば先程の少女も僕と喋って顔を赤くしていたな。
キャラフは女性だと聞いているが……ショートカットで長身だ。
女子校ではそういう事もあるのかも知れない。
複雑な気分だ。


「そんな事を言って騒いでいるのは、あなた方だけでしょう」

「……でも。ボーイフレンドやお洒落の話しかしない子達よりは
 マシですよ」

「あなた方の年でボーイフレンドやお洒落に興味があるのは自然です」

「バカみたい。発情期のメスと一緒だわ。
 大体男の子ってバカが多いから嫌いなんです」


う〜ん……困った子だ。
しかしあまり鋭いタイプではないのはありがたい。
上手くすれば、何か情報が掴めるかも知れない。


「ところで、私が居ない間、学校で何か変わった事はあった?」

「大ありですよ!知ってます?連続殺人事件!」


殺人……だという根拠はどこにもないが、まあこれだけ連続して死亡すれば
誰でもそう判断するだろう。


「ええ……聞いているわ。お気の毒に。
 どんな人達が亡くなっているの?」

「まあ、一言で言えば『美人』ですね」

「!」


校長に集合写真を見せられた時から薄々思ってはいたが。
確かに、被害者は色々なタイプではあったが、共通して言える事は
それなりに目鼻立ちが整った子達、という事だ。

美人の基準は日本と欧米でかなり違うし、立ち居振る舞いや話し方を
含めて人は「美人」を判断するのだから、本当に彼女たちが
いわゆる「美人」なのかどうか、自信はなかった。

しかし、今まで全く出て来なかったという共通点があっさり現れるとは。
校長は気付いていないのか?


「だから先生の病気はとても心配でした」

「それは、どうも。
 美人ばかりが亡くなるって、皆の噂になってるの?」

「そうでもないです。万人が認める美人、という人は一番最初に死んだ
 アーチーだけですし。
 だけど“奈落”でも、少し話題になってます。
 誰それを美人を認めるかどうか、みたいな話に脱線しちゃいますけどね」

「え?何て?奈落?」

「あ」


少女は、しまった、というように口に手を当てる。
しかし少し芝居がかっている。
本当は僕に聞き咎めて欲しくて、わざと口を滑らせたのだろう。


「あの……本当は、先生には内緒なんです」

「大丈夫。他言はしないわ」

「“abyss”っていうのは、その、この学校の生徒だけの秘密の掲示板です。
 ああ、どうしよう。大人に言ったってバレちゃったら、ハブられるわ」

「だから大丈夫だって。
 それに、そんなに秘密ならちゃんとパスワードもあるんでしょう?」

「……それは、あります。勿論」

「ならば、もし見つかったとしても入れないじゃない」


目の前の少女は少し考える振りをした後声を潜め、顔を近づけて来た。


「先生。入りたいですか?秘密の掲示板」

「興味がないとは言わないわ」

「パスワードを教えたら、お願い事を聞いてくれますか?」


なるほど。
餌で釣って僕を自分の思うとおりに動かそうとしたのか。
大人っぽく見えてもガキの浅知恵だ。


「結構よ。あなたが“ハブられる”のも見たくないし。
 秘密は秘密だから良いんでしょう。場違いな人間は行きません」

「そう……なんですか」


少女は明らかに落胆した様子で、俯いた。
あまり一人の生徒と親しくなるのは不味い。
この辺りが潮時だろう。


「もう指は大丈夫ね、この利用者票に学年と名前と今の時間を書いて」

「はい」

「じゃあ、お大事にね」


そう事務的に言って僕は、少女を追い出した。
票には「ルーシー・パン」と書いてあった。






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