トゥーランドット「お聞き下さい、王子様」8 保健室を探しだしたが、施錠されていたので職員室に向かう。 入り口から顔を出すと突き当たりに校長の机が見えたが、本人は居ない。 代わりに他の人間が、少しギョッとしたようにこちらを見ていた。 「ああ、丁度良かった。キャラフ先生、こちらへ」 誰だおまえは。 年配の男性に呼ばれて側に行くと、十人ほどの職員に注目された。 壮年の男性があと一人、他は女性ばかりだ。 ミス・ピングの姿はない。 「皆さん。養護のキャラフ先生が明日から復帰される。 もう体の方は良いんだね?」 「は、はい」 「ではまた以前のようによろしく頼む」 日本ならここで「よろしくお願いします」と言って一礼する所だが。 どうした物かと思っていると、パチパチと拍手をされたので 軽く微笑んで首を傾げた。 皆が仕事に戻った所で、年配男性に向き直る。 男性が座ろうとした机には、「教頭 T.ティムール」と 書いたプレートが立ててあった。 「あの」 「ああ、校長から話は聞いているよ」 それではどこまで「聞いている」のか伝わって来ないぞ。 僕が「キャラフ」とやらの偽物である事まで伝わっていれば話は早いが 用心した方が良いだろう。 「よろしくお願いします。保健室の鍵を借ります。 あと、その、校長先生は」 「校長はあまり居ないから……あ、いや、今日は居たか」 職員室の続きのドアをノックする。 「校長、キャラフ先生が」 『ああ、どうぞ』 中からくぐもった声がして入ると、PCに向かっていた校長が顔を上げた。 「ドアは閉めて」 「はい。失礼します」 「そこに座って」 示された三人掛けのソファに座ると、校長はPCをスリープさせ、 眼鏡を外してこちらに来た。 「寮の部屋はどうだった?」 そう言って隣に座る。 って、え、隣? 普通向かいのソファに座らないか? 「居心地が良さそうでした」 「それは良かった」 何でさりげなく背もたれに腕を乗せて、肩を抱くようにするんだ。 何でそんなにじっと見て来るんだ。 ……僕が男だと、気付いたのか? 「あの。キャラフ先生と私は、そんなに似ていますか?」 「似てるね。彼女も君も美人という意味で」 「はぁ……どうも」 「本当は何歳?」 「18です」 「それは若い!うちの生徒と同じ年じゃないか」 「はい。舐められないように頑張ります」 何となく距離を詰められているような気がして、少し横にずれる。 「さっき早速生徒に話し掛けられました。 キャラフ先生は気さくに生徒と話す方だったんですか?」 「どうだろう。養護教諭なんて生徒と話す機会はそれ程ないんじゃないか? だからこそ君なら成り済ませると思ったんだ」 「……そうですか。 この学校とキャラフ先生の事をもっと教えて頂けますか?」 「良いよ。今日の夕食の予定は?良かったら町まで乗せて行くが」 何だこの男は……。 男だと気付かれてはいないようだが、かなり用心が必要だな。 「……今では駄目ですか?」 「つれないな。まあ良い」 校長のセクハラに耐えながら話を聞いた所、この学校は三百人余りの規模らしい。 各学年三クラス、教師は養護教諭も含めて全部で十八名。 他、派遣教諭や事務のミス・ピング、用務員、寮母などが居る。 生徒の25%、職員の10%(僕ともう一人だ)がアジア系だが、それは中国系移民が 人口の三分の一を占めるサンフランシスコにしては少ない方だ。 「キャラフ先生と、被害者達の写真を見せて貰えますか?」 顔をくっつけんばかりに集合写真を見せられる。 被害者達の写真は小さくてよく分からないが、特に容姿に共通点はない。 いや、あるとすれば……。 キャラフは、顔写真だけ見ると特に僕と似ているとは思えないが、 髪型が同じだし、何より背格好がほぼ同じという事だ。 親しい人間でなければ久しぶりに会ったら間違えるだろう。 少し大きめの口。やや細められた目。 恐らく清楚というよりは妖艶なタイプだ。 「ところで、私がキャラフの代理だという事を知っている人は 他に居ますか?」 「この学校に?居ないな」 「ミスター・ティムールやミス・ピングは」 「ああ、キャラフが戻って来るという話をしただけだ。 ミス・ピングの方は何か察しているかも知れないが、出しゃばる女ではないよ」 なるほど。 とにかくこの男の前以外では、キャラフを完全に演じきる必要がある。 しかし……三百人も女が居たら、ナオミのように鋭い者も居るかも知れない。 男だとバレたら、自動的に僕がキャラフでない事も明らかになってしまう。 かと言って誰とも接触しなければ、潜入捜査の意味がないし……。 ナオミの言っていた通り、過剰に女性らしくならないように注意しながら 上手くやらなければ。
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