トゥーランドット「お聞き下さい、王子様」7 「と、まあこんな様子なんだけど」 『分かりました。後ほどあなた宛てに必要物資を入れた荷物を送ります。 夕食までに届けさせるようにします』 「頼んだぞ」 『で。どんな印象でしたか?』 「この学校か?さあ。 まだ授業中だし、会って話したのは校長とミス・ピングだけだし」 『荷物の中にモバイルPCを入れますので、何か気がついたら即私に送って下さい。 あと、目立たないようにそれぞれの死亡現場と付近の画像を撮って送って下さい』 難しい事を言う。 とは言え、僕を一応信用してイギリスから呼び寄せたんだ。 Lの心情までは分からないが、僕は結果は出さなければなるまい。 『今は大丈夫だと思いますが、盗聴が怖いので明日からは メールでの連絡のみとします。 こんな風に直接話すのは、当分先だと思って下さい』 「……」 『という前提で、他に何かありますか?』 事務的な切り口上に、思わず舌打ちしそうになった。 まあ、仕方ないのは分かるが。 「関係無い話だけど」 『はい。何でしょう』 「僕がおまえを裏切って逃げるとか思わなかったのか?」 『不可能です。 あなたの首に埋め込んだRFIDチップは素人に外せる物ではありません』 「それでもだ。命を掛けて逃げるかも知れないし、外科医を誑し込んで チップを取るかも知れないだろ?」 『それは止めた方が良い。チップを外せば爆発します。あなたは死にます』 「……」 『というのは冗談ですが』 ……全く。 下らない冗談だ。先に巫山戯たのはこちらだが。 『そんな事をしたら、草の根を掻き分けてもあなたを探し出します。 どんなに顔を変えても身分を偽っても無駄です』 「……」 『殺しはしませんが、手足の腱を切って動けなくする事くらいはします。 それからずっと私の傍に置いておきます。 そのリスクを負えるならば、トライしてみても良いかも知れませんね』 「……」 淡々とした事務的な口調からは考え得ない程悪趣味な事を。 しかし奴は本気だろう。 ……なら、僕をガラスの家から出さなければ良いのに。 と思うが、それを言えばあっさり連れ戻されそうだ。 「それ程に思ってもらえて光栄だね。 では逆に、僕がこの事件解決に貢献したら、どんなご褒美が貰えるんだ?」 『ご褒美?』 「そう。キラ事件の事を話したら、色々くれただろう?」 『ああ。おねだりとは可愛いですね。良いですよ。 ティファニーのティアラでもプラダのドレスでも何でも』 「ふざけるな」 『真面目な話、現状維持です。 事件解決後、必ずしもあのガラスの家に戻らなくても良い。 というのは如何でしょう』 「……おまえの目の届く範囲なら、か」 『勿論』 僕はそのまま通話を切った。 ……しかしまあ、悪い話ではないかも知れない。 キラの行く末としては、探偵の助手として生きていけるのはかなり良い方の 人生だろう。 しかし、「朝日月」も求められるとなると……。 授業が終わったらしく、チャイム……というよりは火災警報のような ジリリリリ、というベルの音が響き渡った。 今の内に職場となる保健室を見ておこう。 トイレにも行きたいし。 (女子トイレに入るのは後ろめたいが……まさか校内のトイレに トイレットペーパーが無いという事はないだろう) 校舎に行き、玄関に建物の見取り図らしき物があったのを思い出して 「E」の真ん中の棒の入り口から入る。 「E」の縦棒の広い廊下では、何人もの女子生徒が歩いていた。 この学校はアメリカでは珍しく制服があるらしい。 涼しげな水色のシャツに、タータンチェックのスカート。 やはり日本より少し洒落ているように見える。 その内の一人が、こちらを見て口を開けた。 「キャラフ先生!」 アメリカの女子高生……。 こちらだってこの間までは高校生だったのに、 先方はだいぶ年上だと思って接してくるのだから扱いづらいな。 というか、養護教諭なんて生徒と殆ど関わりが無いんじゃなかったのか! 「あら!久しぶり」 取り敢えず親しげに微笑むと、女子生徒は頬を赤く染めた。 よくある事なので一瞬気にも留めなかったが、よく考えたら 今僕は女性の姿をしているんだが……。 「復帰されるんですか?」 「ええ。明日から」 「嬉しい!もうご病気は良いんですね?」 「お陰様で。でも長い間人と話してないから、少し言葉に詰まるわ」 「声も……?」 「ああ、少し風邪気味なの」 苦し紛れの言い訳に、少女とその連れ達は心底心配そうに眉を寄せる。 どうやら僕はその養護教諭とよほど似ていて、しかもしゃべり方も 失敗しなかったらしい。 あまり日常会話以外の話を振られると困るな……。 この調子では、保健室に押しかけて来られるかも知れない。 今夜から米語を猛特訓しなければ。 「みんなも風邪には気をつけて。 用もないのに保健室に来ちゃだめよ?」 女の子達は何やらきゃあきゃあと騒いで居たので、適当にその場を離れた。
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