トゥーランドット「お聞き下さい、王子様」4 到着したのは、煉瓦の塀に囲まれたヨーロッパ風の古い建物だった。 「全寮制の女子校です」 「ああ、そう」 まさか、飛行機の中のアメリカ人が関係しているという学校じゃ ないだろうな。 しかし一体何故、こんな所へ? 「男子禁制、という訳ではありませんが、女性の振りをして 会議室へ行って下さい」 「おまえは?」 「私はここに居ます」 門の脇の呼び鈴を押すと、古いデザインのスーツを着た オールドミス、と言う死語が思い浮かぶような無愛想で大柄な女性が歩いて来た。 じろり、と僕を頭の上から爪先まで見て、門を開けてくれる。 キャリーケースを持って行けと言われたので、ごろごろと引きながら 女性の後に続いて玄関に向かった。 「この中でお待ち下さい」 意外にも艶のある澄んだ響きの声で言われて、重い木の扉を開く。 会議室という割りに中には長机が一つしかなかったが、その横に 既に女性が一人居た。 「hi」 東洋系の、聡明そうな人だ。 女性にしては背が高く、今の僕と似たような髪型をしている。 「失礼ですが、日本の方ですか?」 日本語で尋ねると、女性は少し驚いたように止まって、 微笑んだ。 「あなたも日本人ですか?」 「ええ」 「日本育ちの人は、何となく雰囲気で分かるんですが あなたは分かりませんでした。 かと言って中国系か韓国系かと言われると、そうとも見えないんですが」 「この服を選んだ人が、日本人じゃないんです」 それに……まあ、日本女性の立ち居振る舞いとしてはリアルじゃないんだろうな。 「私の名前はナオミです。よろしく」 女性は近付いて来て握手を求めた。 軽く首を傾けて応えたが……。 「月です。よろしくお願いします」 「……あの。月さん」 「はい?」 「気を悪くされたらごめんなさい。もしかして……男性ですか?」 「……」 男かも知れないと思っても、可能性に過ぎない程度なら口には出来まい。 いきなりこう切り込んで来るという事は、確信を得ているのだろう。 とぼけても仕方がなさそうだ。 「はい……。あ、でも誤解しないで下さい。 僕は女装趣味がある訳でもないし、トランスジェンダーでもない」 「ですね。『女性らしくありたい』という強い願いが感じられないので 最初は分かりませんでした」 「けれどやはり、分かりますか」 ナオミはにこりと笑って、小さく首を振った。 「手も、大きめですけど女性的で綺麗な手ですし、そうやって 首の見えない服を着ていたら、なかなか分からないと思います」 「でも」 「私は相手の嘘、というか、真実を隠している部分を見破るのが仕事ですから」 「……失礼ですが」 「FBIで、捜査官をしていました。今度結婚するので退職しましたけど」 「そうなんですか。それはおめでとうございます」 なるほど、この女は捜査のプロか。 しかし、何故彼女と僕が呼ばれたのだろう……。 僕は彼女と組んで何かを捜査するのか? 「では何故、あなたには僕が男だと分かったんですか?」 ナオミは少し俯いて考え込んでいたが、やがて頭を上げた。 「何となく……としか言いようがないんですが……。 自分より強い者に出会った事がない、という印象を受けました」 なるほど。 同じ年の男でも女でも、体力勝負で負けた事がないし、僕よりモテる男に 直接出会った事がない。 僕と同程度に頭の良い人間にも、出会った事がない。 『L以外、な』 うるさい、リューク。 「そういう男性には偶に出会いますが、大人の女性でそういう人って 会った事がないんです」 「なるほど」 「でもそんな人が、自分の好みとは関係無く女性の格好をするという状況が 想像がつかなくて」 なかなか好奇心旺盛な女性でもある。 こちらの事情を聞きたいのだろうが……どう躱そうかと考えていると、 「ガチャ」と会議室の扉が開いた。
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