トゥーランドット「お聞き下さい、王子様」1 Lがアメリカに旅立って五日。 最初は解放感に手足を伸ばし、好きな小説を読んだり外を歩き回ったりして 遊んだが、やがて飽きて来た。 ここには、この家を中心として数q四方、恐らく一軒の家もないのだろう。 人の姿を全く見ない。 さすがの僕も人恋しくなり、二日前に食料の配達人が来た時は、嬉しくて いつになく話し掛けてしまったが、軽く流された。 Lから何か言われているのかも知れない。 それでも昼間は草原の景色を楽しんだりも出来たが、夜は……本当に 孤独だった。 まるで、地上に生き物は自分一人しか存在しないような。 それにしてもLも、連絡一つ寄越さないというのはどうだろう。 仕事が忙しいのか。 この家のカメラは生きているから、恐らく僕の様子は見られていると思うのだが……。 だからこそ、聞くべき事がないから連絡しないのか。 いや。 それとも、仕事が忙しすぎて、僕の様子を気に掛ける暇が全くない、とか? こっちはカメラがあると思うから下手な事も出来ないし、 ……自慰すら我慢していると言うのに。 まあ、確かめるのは簡単だ。 僕が何か異常な行動をして見せれば、カメラで見ていればすぐに連絡を して来るだろう。 とは言えあいつの事だ、あのニヤニヤ笑いで、 「そんなに私の気を惹きたかったんですか、月さん」 とか言いそうだが。 やっぱり駄目だ、絶対にそんな事をしてやるものか! 第一、僕は「L」が居ないから孤独なんじゃない、「人」が居ないからだ。 月(つき)の声で「寂しいです」とでも言えば鼻の下を伸ばすだろうが 喜ばせてやる義理もない。 そんなこんなであいつの事を考える時間も業腹で、一人を楽しむよう 心掛けている。 そうだ。 今日はワインでも飲むか……。 以前Lと、月明かりを肴にワインを酌み交わした事がある。 電気を消して、ガラスの壁面の向こう側には、大きな月が出ていて。 月光で、ワインボトルの影が出来ていた。 ああ、またLの事を考えている。 いや、Lではなく、ワインの事だ。 そんな言い訳を自分にしながら、窓際のテーブルにワインボトルとグラスを一つ 用意して、リモコンで明かりを全て消す。 「……しまった」 辺りは、闇に包まれていた。 今日は新月だったのか……僕とした事が。 しかも、曇っているのか星明かりすら殆ど見えない。 仕方ない、諦めるか。 それとも目が慣れるのを待って、暗闇の中で飲むのも乙か。 などと考えていると、 ……ジリリリリリ……ン……ジリリリリリ……ン…… 闇の中に、クラシカルな電話の音が響き、思わずびくっと震えてしまった。 ……そうだ、Lに渡された携帯電話の音だ。 キッチンのカウンターの上に置かれた、小さな点滅を目指して歩く。 着信の主は99%Lだろうが、何故か少し緊張した。 一週間ぶりだ……一体何を話せば良いんだろう。 どんな声音で話せば良いんだろう。 「……はい」 『ライトくん。監視カメラが突然赤外線に切り替わりましたが?』 「なんだよ急に。ちょっと遊びで消してみただけだ」 『そうですか。まあ、今言ったとおり暗闇にしてもあなたの行動は見えますので』 「別に、おまえの監視を逃れようとした訳じゃ無い」 「元気か」も「久しぶり」もなく、いきなりこの会話。 そうだ、これがLだ。 数日で忘れてしまうものだな。 「用はそれだけか」 『いえ。ライトくんは、暇ですか?』 「全然暇じゃない。やりたい事が多すぎるくらいだ」 『そうですか。 そこを曲げてお願いします。出来るだけ早くこちらへ来て下さい』 「……」 本当は暇で暇で死にそうな僕の、虚勢を知ってか知らずか。 いや、彼にはそんな事はどうでも良いのだろう。 自分の幼稚さに、頭を抱えたくなる。 「分かった。どうすれば良い?」 『余計な事を詮索して時間を無駄にしませんね。 そんな所が、やはりあなたは素晴らしいと思います』 「時間を無駄にしているのはおまえの方だ」 『そうでした。明朝六時、そちらにヘリが到着します。 簡単に旅支度をして下さい。但し、“朝日月”仕様で』 「……分かった。どうせ明日は月曜日だしな。 というか僕に断るという選択肢はないんだろう?」 『愛していますよ、月さん』 「知ってる」 また女装をして外に出る、か。 気はかなり進まないが、外の空気を、このガラスの家以外の空気を吸えるのは良い。 それに、久しぶりに人間に会える。 少し高揚しながらシャワーを浴び、服や下着やアクセサリーを 適当にキャリーバッグに詰め、早めに寝た。 翌朝早くに起床し、Lが誂えたワンピースを身に付けた所で ヘリの音が聞こえる。 携帯をポケットに滑り込ませ、キャリーを持って外に出ると、以前ヘリを 操縦していた老人とは違う老人が、待ち構えていた。 玄関の鍵はどうしようか迷ったが、僕が出た所でカチリと音がしたので Lが遠隔操作したのだろう。 「行くぞ、リューク」 『あいよ』
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