トゥーランドット「この宮殿の中で」 2 ヒースロー空港から十時間四十五分掛けてサンフランシスコ国際空港に到着する。 そこから車で郊外に向けて1時間と五分、私は森と城壁のような塀に囲まれた 旧態然とした学校の前に立った。 時間を掛けてぐるりと周囲を回る。 塀は途切れる事がなく、途中の通用門も鍵が掛かっている。 煉瓦造りの塀の上には外を向いた槍型のスパイク。 (そう言えば日本語では「忍び返し」と言うが、ニンジャ避けという意味だろうか) 表向きは外部の者の侵入を防ぐためだろうが、同時に脱走防止でもある。 年間授業料五万ドルとの事なので、ある程度良家の子女向けだろうが これではまるで刑務所だ。 「容疑者は三百人」……依頼人の言っていた意味が、よく分かった。 もし殺人者が居るとすれば、この閉じられた空間の中に居る、生徒と職員、 三百人の中という事だ。 依頼人の校長もこの中に居るのだろうが……私はひとまず、最寄りのホテルに チェックインした。 『ミスター・アルタウム。Lです。外からですが、あなたの学校を見ました』 “早いな” 『早すぎますか?』 “いや……その、我が校の防犯体制は、どうだろうか?” 『スパイクは槍部分が三本ありましたね、珍しい形です。お疑いは晴れましたか?』 “いや……その、申し訳ない” 校長は、私を試した事を恥じ入るように謝った。 『さて。私はこうして側に来ました。何かあればすぐに駆けつけられる距離なのですが ご存じの通り、私は人前に顔を曝す事は極力避けたい』 “しかしそういう訳にも” 『そこで、私の手足となって内部を調べてくれる、スパイに適した人物を 紹介して貰えませんか?』 最悪、私の方で人員を用意しなければならないが、出来れば 依頼人の身内で何とかして欲しい。 “L……しかしそれは” 『容疑者が三百人とは言え、本当にそうではないでしょう? 校長から見て、この者は違う、この者は物理的に不可能だ、そう思う人物を 教えて下さい』 “そうだな……ああ、それでは生徒会長のリューが良い” 『リュー』 “ああ。中国系の真面目な生徒だ。そして、転落死の目撃者でもある” 『なるほど。アリバイがあるんですね?』 “そういう事だ。まあ、あれは他にも沢山の人間が見ていたから 完全に事故か自殺としか思えないんだがな” 『では、さりげなく彼女に外出許可を与えて、ホテルまで来るよう伝えて下さい』 一時間後。 ホテルの部屋をノックされたので、ドアに背を向けて座り、机にノートPCを置く。 どうぞ、と声を掛けると、青いブラウスにタータンチェックのプリーツスカートを穿いた 小柄な東洋人の少女が入って来た。 「どうぞそこで、止まって下さい」 「はい……あの、あなたが……L、ですか?」 「その通りです。ですから顔をお見せ出来ません。理解して頂けますね?」 背を向けたまま答えたが、 「はい」 躊躇いもしない、小さな可愛らしい返事が聞こえた。 こちらからはPCのカメラを通してよく見えているので卑怯と言えば卑怯だが 仕方あるまい。 「生徒会長を務めているとか」 「はい……皆に、助けて貰ってます」 「成績も優秀ですね。ダントツのトップだ」 「あの、そんな事をアルタウム先生が?」 「いえ。学校のコンピュータをハッキングしました。 それくらいの事は平気でする人間だと了解して下さい」 少女は小さく息を呑んだ気配があったが、頷いた後気付いたように、 「はい」と声に出して返事をした。 どうやら、カメラで見られている事には気付いていないと見える。 「それで、私は何をすれば?」 中々無駄の無い、頭の回転も割り切りも良いタイプだ。 その小さな頭の中では、志望大学への推薦状がはためいているのかも知れない。 「まず、死んだ六人の共通点を探って下さい」 「……同じ授業を取っているか、とかですか?」 「それも含めて、共通の交友関係、趣味、出身地、育成地、 PCがあるのならネットワーク上での付き合いがないかどうか」 「かなり、幅広いですね」 「探偵『L』の助手だという気概でお願いします。 あなたのデータ一つで、私は捜査に成功も失敗もする」 「わかりました。あなたのお名を汚さないよう、頑張ります」 「すみませんが早急にお願いします。 そのハンガーラックに刺してあるアドレスに、あなたのモバイルから この場で空メールを送って下さい。 その後は逐一、事実が分かる度に連絡をお願いします」 少女が立ち去った後、私はウェブカメラに切り替えてイギリスの「ガラスの家」の 内部を見た。 あちらは明け方か……。 夜神は、大人しく自分の寝室で寝ている。 枕元に小説らしき物が置いてあったのでズームして見ると…… 「月さん……私が覗き見る事まで計算しているとしても……可愛すぎます」 それはサンフランシスコを舞台とした、探偵小説だった。
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