21+22 2 その室内は、部屋中がタロットタワーに埋めつくされていた。 足の踏み場もない。 今の所へたりこんでいるコイツはどうやって移動するつもりだろう。 見ていると電子音がして、壁面の大画面にPCメールが届いた事が告げられる。 ニアはごそごそとパジャマの胸ポケットを探り、反対側の胸ポケットに触れ、 身の回りの床を撫で回して漸くリモートコントローラを見つけた。 相変わらず鈍くさい奴だ。 ……相変わらず? 引っ掛かりの正体を、考える前にニアが何か操作してメールが開く。 俺も読むと、初めての相手からの事件捜査の依頼のようで あまりにも不可解なので是非現地に来て捜査して欲しいとあった。 「ワタリ。事件の詳細は」 独り言を言い出した訳ではなく、どこかにマイクが仕込んであるらしい。 『今問い合わせ中です。返信があり次第、そちらに送ります』 ニアは現在探偵だという事だが、ワタリと言う人物がその依頼を 管理しているのか。 ……私は自分が興味を持った事件にしか手を出さない。 不意に、誰かのセリフが頭の中に浮かんだ。 そう……こいつは、ニアはきっとそうだろう。 このセリフは、ニアのセリフか? いや、俺が生きていた頃、ニアはまだ探偵ではなかった。 というか、Lから引き継いだキラ事件が初めての事件で、 それが解決する前に俺は死んだらしいから……、 考えているとまたメールが届く。 今度はニアも迷わずに開いた。 内容は、北アフリカ某国の町外れの砂漠地帯で、非常に不可解な 事件が起きたという話だった。 ある観光客が、レンタカーを借りて砂漠に向かった。 だが、返却期限を過ぎても戻って来ないので会社は通報。 遭難と盗難の両方の線でヘリで捜索していると、運よく砂漠の真ん中で 手を振るその観光客が見つかる。 所が、ヘリで降りようとすると、彼は突然ばたりと倒れた。 急いで着陸し、駆け寄ると、既に息絶えている。 それだけなら遭難者が運悪く、救助が来た途端に力尽きた、で済むのだが。 問題は。 検死した所、男は生きていた筈がない、と言う結果が出たのだ。 砂に長く埋もれていたかのように、肺の中にまで砂が詰まっていると。 しかし捜索した日は小さな砂嵐一つない晴天。 被害者が手を振っていたのはヘリに乗っていた全員が見ている。 「被害者は、一体いつ、何故。死んだのか。 現場も死体も記録も保存してある。 是非、L直々に検分して、解明していただきたい」 メールは、そう締めくくってあった。 「……ふ〜ん。まあ、出来の悪いミステリだな。 これなら、『L』の興味が惹けるだろうってのが透けて見える」 呟いたが、勿論ニアには届かない。 「どうせ捜索した人間が全部グル、とかだろ」 俺が言うとニアは、聞こえたかのようにマイクに向かった。 「現場責任者や捜査員それぞれと、被害者が過去に接点がなかったか 徹底的に調べるよう指示してください。 こちらにも、ヘリに乗っていた者全員の資料を」 それから、しばらく動きがなかったので、暇つぶしにタロットタワーに 触れてみた。 この部屋にも、壁をすり抜けて入ってきたのだ。 勿論、すっとすり抜けると思ったのだが、 ばらばらばら…… ニアが、くるっと振り返る。 物凄い目で、こちらの方を凝視している。 どうも、「触る」という意思を持つと実体化するというか、触れてしまうらしい。 タワーは俺が触ったところから崩れ、見事に一山なくなった。 思わず、他に広がらないように押さえてしまう。 「誰ですか?」 鋭い声。 だが、あわてる必要はない、言ってみただけだ。 どこかに掛かっていた負荷が限界を超え、自然に壊れた、 普通はそう思ってくれる筈。 と思ったのに、相変わらず目つきが鋭い。 俺のいる辺り、から微妙にずれた場所を睨んでいるから、 見えている訳ではないだろうが。 「出て来なさい。ここは最新の空調完備で、私が動かない限り タワーが倒れる事はあり得ない。 また、私もそんな積み方はしていません」 「……」 「死神……ですか?」 図星……。 このまま黙っていればいずれ諦めるだろうが、どうせコイツとは話す つもりだったのだ。 正解した褒美に、姿を見せてやってもいいだろう。 白いノートを投げると、ニアの目の前で積みかけていたカードに当たって またパラパラと潰れた。 「白い……デスノート……?」 ニアは、数秒見つめた後躊躇いなく手に取った。 そして俺を目にして、 「メロ……!」 さすがに後ろに手を突く。 また一つ、タワーが崩れてニアの上に降り注いだ。 崩壊は連鎖を呼び、部屋の中の大半のタワーが形を失っていく。 それにも構わず、頭の上にカードを乗せたまま、ニアは固まっていた。 「今、俺が幻覚かと思ってるだろ?」 「……」 「それとも夢を見ているのかと疑っている。 いつの間に寝たのだろうと」 「……」 「心霊現象は信じたくないが、死神を見たことがあるんだから そんな事があっても不思議はないと思っている」 「……」 「どうだ?」 全く言葉を発しないのに業を煮やして聞くと、 ニアは漸く気持ちを立て直したのか、座りなおして 髪の毛を指でくるくる回し始めた。 「……大体合ってます。どれが正解ですか?」 「どれも間違い。お前が一番最初に言った、死神が正解だ」 「……」 ニアは、手に持ったままのノートを見つめた。 「これ……デスノートですか」 「そうだ」 「で、あなたはメロに見えて実は死神」 「でもあるが、メロでもある」 「……」 ニアは無表情のまま、じっと考え込んでいた。 ……なるほど。コイツはこういう奴なのか。 どんな時も慌てず騒がず、一人で高い場所にいるかのように 冷静に状況を分析している。 そういう奴が、俺は嫌いだ。 その感情の原点がコイツなのか、そういう質だからコイツが嫌いなのか分からないが。 「……で、メロが私に何の用ですか? 三年も経ってから、今更恨み言でも?」 「へえ。恨まれる覚えがあるんだ?」 「……」 そうか……こいつは俺が生きていた頃の記憶を失っている事に 気づいていない。 ならばこのまま上手く話を聞きださなければ。 「私は、」
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