Trick so Treat 1
Trick so Treat 1








有り得ない事が目の前で起こった場合、人は先ず自分の目を疑う。
それは正しい。


しかしかのシャーロック・ホームズは言っている。

「When you have eliminated the impossible, whatever remains,
 however improbable, must be the truth.」

不可能を排除して残った物は、それがどんなにあり得なさそうでも
真実なのだ。ワトソン君。


つまり。

・自分の感覚器官に異常はない。
・自分の脳に異常はない。
・自分は今夢を見ている訳ではない。

この三点が確認出来れば、それは現実、という事になる。




コン、と部屋のどこかで音がした後、勝手にドアを開けて
竜崎が入って来た。
さっきの「コン」はノックのつもりだったらしい。


「おはようございます夜神くん」

「……おはよう。うっかり寝てしまった」


自分の声が、異常に擦れている。
擦れていて良かったと思った。

普通、こんな酷い声の知人に会ったら、「風邪でもひいた?」と
聞かずに居られない物だと思うが、竜崎は全く頓着していないようだ。


「自分で少し休む、と言っていたじゃないですか」

「少し体を横にするだけで、本当に寝るつもりはなかった。
 不覚だ。寝ている場合じゃないのに」


火口が死んで、ミサが開放された。
早ければ今日明日中にも、デスノートを掘り出すだろう。

もう完全に容疑は晴れている筈だが、Lが内々に尾行を付けている可能性も
考え、充分に注意するように伝えてはある。
用心はして貰わねば困るが、ただ待っているのはもどかしいな。


ここまで考え、今現在置かれている状況が僕の夢である、
という可能性に、心の中で抹消線を引く。
こんなにリアルで事細かい記憶のある夢はないだろう。

次に、ベッドから顔を出してあちらこちらを眺めて見る。
特に異常は感じない。

次に、シャツの袖から出た手を見て見る。
見慣れた手の甲……のようだが、少し指先が細くなっている……、
関節も痩せた、か?


「どうしました?」


駄目だ……冷静に状況判断はしたつもりだが、
まだ対策を考える為の時間が欲しい。


「悪い……ヘリとは言え、久しぶりに外に出て、風邪を引いたみたいだ……」

「そうなんですか」

「他の人に伝染したら申し訳ないから、もう少し休んで様子を見る」

「医者を呼びますか?」

「それ程じゃない。父や皆に、よろしく伝えておいてくれ」

「……分かりました」


竜崎が去り、部屋に一人になって、ホッとする。
監視カメラが生きている可能性を考えると、余計な事は出来ないが。

とにかく考えろ、考えろ。

あまりにも現実離れしているというか訳が分からないが、
そうだ、気の持ちように寄っては、「今」で良かったじゃないか。
二日早かったら大変な事になっていた。
竜崎と手錠で繋がっていた時にこんな事になったら……。


いや、まずもう一度状況を確認しよう。
僕は布団の中で恐る恐る自分の鎖骨辺りに触れ、少しづつ下げていく。


……柔らかい。


鎖骨のすぐ下は辛うじて胸筋かと思えるが、その下はもう駄目だった。
脂肪。
自分の体の部位で言うなら、臀部に一番近い肉感。

僕はぶるっと震えた後、大きく大きく息を吐いた。
ともすれば、また現実だの超現実だの、大局に逃げたくなる思考を押さえ、
今度は股間に触れてみる。

そこには、胸とは逆に、触り慣れた肉の感触はなかった。
余ったボクサーブリーフの布を通過し、つるりと足の間に滑り落ちていく指。

そして、ああ、なるほど、ここが亀頭に当たる部分……。

などと妙に納得した瞬間、ふっと気が遠くなりそうになった。
狭まる視界。
瞼から、血の気が引いて行く。

駄目だ。

気を失っている場合じゃないだろ、しっかりしろ。



こういう、異常事態に対処するには原因を探り、それを根絶するのが一番だが。
今はとてもそんな時間はない。

今最優先すべきは、竜崎にデスノートを使わせない事。
あいつがその手筈を整える前に……出来るだけ早く、始末する事だ。

しかし、どうする?

自分の体の変化を悟らせないまま、今まで通り振る舞う事は可能か?

僕はベッドから降りて、裸足のままバスルームに向かう。
鏡を見たが、身長や顔かたちに変化はないようだ。

いや、首が少し細いか……。
大丈夫、ハイネックの服で誤魔化せる範囲だ。

胸は……難しいな。
晒でもあれば良いが。
厚着をすれば、短時間なら何とかなるか。

肩幅や全体のラインも心なしか細くなったような気がするが、
これも厚着で何とか誤魔化せる……だろうか。


……そうだ、声。


この、風邪を引いたようなガラガラ声、声変わりの時に似ている……。
という事は、いつ聞き慣れた声じゃなくなるか分からないじゃないか。

やっぱり人前には出られない……。
あと一度は、ミサに会わないと計画が進まないんだが……。

取り敢えず、竜崎がデスノートを使わないように監視しながら、
治るのを待つ、か。

何故こんな事になったのか全くもって分からないが、たった二時間で
変化したんだ。
二時間で戻る可能性もある。

……下手したら戻らない可能性もゼロではないが。



まあ、あまりネガティブな事を考えても仕方が無い。

取り敢えず竜崎を監視……って。
僕がか?
僕しかいないよな。

となると……この僕の、異常な体の状況を竜崎に伝えなければならない、か?
デスノートに近づけない為には、出来ればまた手錠で繋ぎたい位だ。
隠し通すのは不可能……だろうな。

どうだろう。
竜崎に言っても大丈夫か?

いや、まあ、何とかなるか。
この数ヶ月、竜崎がキラ事件の事以外に感情を動かしているのを見た事がない。


「まあ、僕が女になったからと言って……」


口に出して、改めてその事実が肩にのしかかり、僕は思わず
洗面所でしゃがんでしまう。

この、女性の体。

忌々しいとか困るとか、そんな感情の前に……とにかく、戸惑うしかない。
まさか、デスノートの呪い……とかではないと思うのだが。


とにかく、こうしている間にも竜崎がデスノートで何かするかも知れない。


竜崎だけに僕の体の変化を伝え、表面上は味方になって貰う。
それしかない。

相手が女となったら甘くなる、という事は期待出来ないが、
そう言えばミサに対しては僕に対するよりも甘かった。
可能性はゼロではない。
まあ、ミサに甘かったのは、性差ではなく頭脳の差かも知れないが……。




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