浜辺の恋を照らす月 3
浜辺の恋を照らす月 3








「ええと。リュークの件でしたね。
 恐らく彼……彼で良いですか?」

「ああ」

「彼は夜神には見た名前を言いません。
 でなければキラ事件当時、弥と組んだり、自らを縛るような真似は
 しなくて良かった筈です」


メロとニアが疑わしそうな顔をしているが、反論は出来ないだろう。
実際真実でもある。
リュークはぐりっと九十度以上顔を傾けた。


『その通りだ。死神は人間に見えた名前を教えてはいけない掟がある』

「ああ。それに彼は、誰の味方もしない。
 公正さに関しては僕の折り紙付きだ」

「ですね。あなたに入れ込んでいるなら、収容所から助けたでしょうし」

『オレは、ただ面白い事が好きなだけなんだ。人間のな』

「そう。面白くなりそうなら、リンゴと引き替えにちょっとしたお使いも
 してくれる。だろ?」

『ええー、オレを使う気かよ−。面倒くせえな』

「そう言うなよ。面白くなるぞ?」


リュークと掛け合いをしていると、痺れを切らしたメロとニアも立ち上がった。


「おい!さっきから、何を勝手な事をごちゃごちゃと」

「そうです。一体何が言いたいんですか?」


またしても口を揃えて言う。
僕は立ったまま背筋を伸ばし、両手を広げた。
ここからが正念場だ。


「僕は、Lの推理力を認める。メロもニアもそのLが認めたんだから
 それなりだろう」

「はぁ?それなりだと?」

「それにマットの懐柔術というか、人間からの情報収集能力も大したものだ」

「ハッキングもね」


マットが久しぶりに発言して、ゴーグルの中で片目を瞑る。


「だから何が言いたい」

「捜査集団としての『L』を、僕は認めてるって事さ」

「で?」

「だが、所詮普通の人間。顔を見ただけで名前が分かる訳じゃない。
 偽キラ事件なんか、先に犯人の名前が分かって随分助かっただろう?」

「別に教えて貰わなくても、地道に捜査を続ければ絶対に分かった!」

「だが、時間は大幅に短縮できた筈」


メロと言い争っていると、Lが助け船を出してくれた。


「時間も手間も掛けずに済んだのは、確かです。
 裏を取るだけで済みましたから」

「だろ?」


メロが不満げに口を歪め、ポケットからチョコバーを取り出して
バリッと噛んだ。


「とにかく、魅上は写真でも何でも顔を見ただけで対象の名前が分かる。
 リュークは物理的な壁を越えて、ちょっとしたスパイが出来る。
 『L』に僕たちが加われば、地上……いや、史上最強の捜査集団だ」


「「「はあぁ?!」」」


メロもニアも、さすがのマットも大きな声を上げた。
Lだけは、落ち着き払ってずず、とガムシロップ五十%くらいの紅茶を啜っている。
魅上は動じていないのか動じすぎて固まっているのか分からなかった。


「あり得ねーし!」

「そうです!キラの癖に何を言ってるんですか!」

「あー、いいんじゃない?ライト、良い奴だぜ?」


がやがや三人で言い合い、やがてニアがすっ、と手を上げた。


「百歩譲ってリュークと魅上の力は我々に有用である可能性を認めましょう。
 では、あなたは?」

「僕は、オールマイティだ。我ながら何でも出来るよ。
 推理力もLに劣っているとは思わないし、ハッキングだってマットと同程度には」

「はぁ?!です。それこそはぁ?です。
 推理力がLに劣らない、とは大きく出ましたね。
 悪いですがそれはあり得ません。あなたは『L』に、必要ありません」

「そう?だとしても、僕にはデスノートが、ある」

「……」

「おまえ達が法で裁ききれない犯罪者があったら、僕が裁いてやるよ」

「それは独断でしないで下さいね?」


突然言葉を挟んだLに、ニアもメロも目を剥いた。


「L……」

「案外良いかも知れませんよ?この捜査集団」

「……」


青ざめて固まるメロとニア。
だがやがて、


「……っ鼻毛抜かれてんじゃねーよ!」


メロが激昂して叫んだ。
直後本人も「あ」という顔をしていたが、ニアやマットも固まっている。

Lは頭だけ少しのけぞらせ、空気が固まったが、
その後メロの顔を覗き込むように首を前に伸ばした。


「メロ。誓って言いますが、私は夜神に恋愛的な感情は持っていません。
 ただ単純に、彼の能力を認めています」

「でも」

「元々、依頼された事件を捌き切れないのが気になってはいたんですよ。
 難易度が高かったり興味深い事件を選んでいたら、
 我が侭な探偵と言われるようになりましたし」

「……」

「偽キラ事件のように、推理自体は難しくなくても捜査に時間が掛かる場合、
 警察に丸投げするよりもこちらで全て提示出来れば、ベターでしょう」

「それに私も、おまえたちが月様に詰まらぬ事をしなければ、絶対に裏切らない」

「……」


魅上のとどめに、メロとニアが口を噤む。
僕は大きく息を吐き、足を組み替えた。

自分でも驚いたが、……詭弁が、通った。

この集団の中で、Lの発言は鶴の一声、天の声、だ。
全員を説得するのは至難の業だが、Lさえ懐柔出来れば勝ったも同然。


「まあ、そういう訳でよろしく」


手を差し出すと、まずマットが握手し、ニアがちょん、と指先に触れ、
最後にメロが思い切り、ぱしっ、と僕の掌を叩いた。


「新生『L』の誕生だな」

『オレもかー。聞いてないけど、まあオモロそうだからいいか』

「月様……お見事です。しかし」


魅上が、何か言いたげに口を開く。
珍しく僕のする事に水を差すのか?


「L。今後私を拘束する事はやめていただきたい」

「……」

「逃げるつもりはない。が、こんな部屋にいる事には耐えられない。
 あなたたちが片付けないのなら、私が片付ける」


改めて部屋を見回すと、前のアジトとは比較にならないが
既にある程度散らかっていた。


「前から思っていたが、あなたたちのアジトは酷すぎる。
 チェックインしたばかりのホテルが既にこんなに散らかっているというのは
 どういう事ですか?」

「別に……不自由はないので」


魅上に問い詰められて、珍しくLがきょろきょろと挙動不審に答えた。


「不自由です。視界が。
 出した物は片付けなければ、汚した物は掃除しなければ現状維持出来ないという事を
 知らないのですか?」

「んな訳ねえだろう!」


メロがまた怒鳴ったが、またLが抑えた。


「良いでしょう。この人には確かにそう言う面でも我々にはない能力がある。
 ハウスキーピングをお願いできますか?」

「ああ。喜んで」


僕に近づけないから僕の世話は出来ないが、L達の世話をするとなると
当分暇はないだろう。

魅上も上手く片付いた。

デスノートをLに拾われ、考え考えしゃべっていて我ながら無理があると思ったが
僕の首の皮も何とか繋がったようだ。


「お祝いに、ワインを飲もうか」


そう言うと、ニアが不快そうに首を竦めていた。






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