曇りゃわからず晴ては人目 夜神が、魅上と死神と共に「L」の一員になると宣言した。 メロやニアは不満そうだったし、この私ですら昨日なら 絶対に許容しなかっただろうが。 一人になり、マットに手渡されたコピー用紙の束を ポケットから取り出してもう一度広げる。 それはキラ事件ともいかなる事件とも無関係な、手書きで書かれた手紙の コピー群だった。 ……最初の一通は、若者がオックスフォード大学の門を、 初めてくぐった時の気持ち。 二通目は授業の新鮮さ。 それから、新しく出来た仲間。 教授の面白い癖の話。 友人達とのキャンプ。 自然の池でのスケート。 それは、眩しい程に輝く大学生活の記録。 クロアチアの収容所に閉じ込められた夜神に代わって、 留学生としての彼の幸せな近況を、日本の家族に伝え続ける手紙だった。 それらを書いたのは、キルシュ・ワイミー……いや、ワタリ。 彼は、日本語を話すのに不自由はなかったが、読み書きは苦手だった。 そのワタリがあの年で、日本の若者として不自然でない文章を考え 夜神の筆跡を真似るのは並大抵の事ではなかっただろう。 手紙は季節ごとだったが、一通書くのに一週間は掛かった筈だ。 PCでタイピングすれば早いだろうに、夜神ならきっと家族へは 手書きの手紙を送るだろう、という推測から手書きして。 内容は、オックスフォード大学という設定から考えて、 自身の学生時代の体験から作り出した物かも知れない。 これを、少なくともその生涯に渡って続けるつもりだったのか? 正直、ワタリがこれほど夜神に入れ込んでいるとは、思いも寄らなかった。 マットはアジトの出入り口のパスワードがワイミーの誕生日であった事から、 ワイミーがワタリだと当たりを付けた。 そして、ハイドパークでの事件の翌朝、早速ワイミーに会いに行って 夜神が脱獄した事などを話したらしい。 ワタリは静かに話を聞いた後、自分が夜神家に出した手紙のコピーの束を渡し、 私に渡すよう言ったそうだ。 それから。 『あの子達は、直接会えばきっと上手くいく子達です。 ヤードが介入する前に、何とか二人を会わせてくれませんか?』 そう、マットに依頼したらしい……。 それでマットが、私の居場所を夜神に教え、夜神の居場所を私に伝え、 二人が徐々に近づくように仕組んだ、という訳だ。 私は……それを聞いて、毒気が抜かれる思いだった。 それまでは絶対に夜神の息の根を止めてやるつもりだったのだが。 昔からワタリは、私の事に関しては決して間違えない。 私よりも私の事を知っている。 だからその彼が私と夜神を会わせたがっているのなら 一度会ってみようと、思ったのだ。 そして、会ってみて、分かった。 自分で気づかなかった、自分の弱さ。 やはり夜神は私にとって、あらゆる意味で特別な人物だという事。 だから、引き受けようと思った。 彼の人生を。 それで、いいんだな?ワタリ……。 「L。こちらで良かったですか?」 声を掛けられて振り返ると、黒髪の男が銀の盆に沢山の アイシングケーキを綺麗に盛って、立っていた。 慌てているように見えないように、紙を畳んでポケットに戻す。 「ありがとうございます。 あの店、混んでいて個数制限があるでしょう? よくこんなに買えましたね」 「まあ、その辺りは店主と交渉して何とか」 私は思わず溜め息を吐いてしまった。 「きっと……以前私の身の回りを気に掛けてくれた人も、 そうやって買ってくれたんでしょうね……」 ワタリがよく買ってきてくれた、好物のケーキ。 だが私もメロもニアも、買い物の仕方というものがよく分からず、 ワタリと離ればなれになってからは食べられていない。 店ごと買うから私が命じた時に焼いてくれと頼んだ事もあるのだが、 「ふざけるな」と言って蹴られた。 金で解決出来ない事があると知った、苦い思い出だ。 「紅茶を入れましょう。アール……いや、ジェーングレイにしましょうか」 「センス良いですね。良かったら一緒にどうですか?」 「いえ。私は甘い物は」 言いながらミカミは、ワタリのようにとは言わないが、 それなりに手際よくお茶の準備をする。 本当に何から何まで私と正反対の男だが、だからこそ夜神とも合うのだろう。 夜神に非常によく似ていて、だが、夜神の中にある私と同じ部分が 決定的に抜け落ちている。 その分、夜神にも私にも無い物を持っているが……。 やはり、全く正反対だ、私とは。 「そう言えば月くんはどうしていますか?」 「メロとマットと一緒にシアトルへ行く準備をしています」 「ああ。早速例のシリアルキラーですか」 「はい。もうすぐFBI辺りから依頼があるだろうから、と」 「なるほど……本当にフットワークの軽い人たちですね。 でも三人で行かなくても」 「メロは月様を監視せずに国外に出すのは心配だけれど 二人きりで旅行をするのも嫌だから、とマットを連れて行くそうです」 ミカミが、微かに目を伏せた。 「大丈夫ですよ。月くんはこの状況で変な事をする程愚かではない。 それは私がよく分かっています。 メロにもその内分かるでしょう」 勿論、メロやニアが夜神を信用出来ない気持ちも分かるが。 ……私は、決めてしまったのだ。 ワタリの託宣に従う事を。 「所でLはワタリという人物を、ご存じですか?」 まるで思考を読まれたように突然ワタリの名前を出され、 内心驚いた。 「ええ、勿論」 「マットが、私にそのワタリに会って欲しいそうです」 「そんな事を言っていたのですか?」 ワタリと魅上を会わせようとはどういうつもりだ…… それもワタリの指示か? 「はい。何でもクッキーの作り方を教わって欲しいと」 ……マット。 「料理、出来るんですか?」 「趣味程度ですが」 この男の事だ。 「興味」ではなく「趣味」と言うからには、きっと相当の腕前なのだろう。 ミカミをワタリの元に連れて行くとするならば、私しかいない。 本当にクッキーが目当てなら、マットも来るに違いない。 となると、マットを夜神との緩衝材に使いたいメロやニアも 着いてくるだろうし……結局全員で移動する事になりそうだ。 マットは。 自身はこの手紙を読まなかった(読めなかった)が、私が内容を説明すると 夜神にも見せるべきだと言っていた。 夜神にもワタリの心遣いを知らせ、挨拶させるべきだ、と。 そうかも知れない。 夜神は元々、家族を大切にする人間だ。 ワタリのした事を知ればきっと感謝するだろう。 もしかしたら、ついでに私にも多少は心を開くかも知れない。 まあそんな事は期待もしないが。 それでも。 到底筋の通らない詭弁が通ったのは、自分が生き延びられたのは、 自分の実力ではなくワタリの情けのお陰だと知った時。 ……夜神が一体どんな表情をするのか。 想像する事だけはやけに楽しい。 「その日」の事を考えながら私はポケットの上から手紙を一撫でして、 アイシングケーキに指を伸ばした。 --了-- ※お読み頂いてありがとうございました! なんか色々ごめんなさい……。 しかも都々逸の前半で終わるって。 後半は「首尾も宵から朧月」です。いつか書きたい。 今回は改めてページを設けて「後書きと言い訳」を書く程ではないので以下少々。 連載で初めて「身体の関係から入らない二人」を書きました。 リクエストであらすじを頂いたので、その部分に関してはノリノリで書きましたが その後は地味〜でした。 自分で考えたあらすじとしては、 チームLとチーム月が離れたまま、関係ない事件を何故か 協力して解く事になる。 ↓ その過程で月はメロやニアに出会う。 ↓ 最終的にはラスボスっぽいLと二人で対決。 それまで会ってないのに、何故かその時には既にデキてる。 自分で書いといてなんですが、「何故か」の連発って。 ちょっと間延びした連載でしたが、お読み下さった方々 本当にありがとうございました! そして最後になりましたが、事の発端のリク主さんのハナナさんに 改めて御礼! お陰様で新たなLや月達が生まれました。 ありがとうございました!
|