満ちてきたのか足元濡らす 2
満ちてきたのか足元濡らす 2








水の味。
食いしばった歯列。

そのまま二人してまた、青の中に沈み込んでいく。

だが夜神の身体は固まり、攻撃は再開されない。
舌を入れて口内を丹念に舐めていると、力がどんどん抜けていく。

やがて震えながら、おずおずと開いていく唇と歯。
どちらからともなく、上方に向かって泳ぎ、水面から出る二つの頭。

息が苦しいのに自分から離れたら負けのような気がして。
ふうーっ、ふうーっ、とお互い鼻で荒い息をしながら唾液を交換し合う。
前髪がべっとりと目に貼り付いて、全く前が見えないが夜神も同じだろう。

鉄くさい血の味が僅かに混じっているのは、どちらの物か。
夜神の、左の奥歯が一本欠けている……これか?
いや、歯が折れる程も殴れていないし、血の量も少ない、
これは収容所の生活で失った物か……。


口を塞いだまま片手でプールサイドのステンレスの手すりを掴み、
肩で夜神の身体を押しつける。
もう片方の手を下に伸ばし、ズボンの前に触れると、
思った通りそれは張り詰めていた。

恐らくプールに落ちる前に、既に下着を濡らしていたのだろう。
人の事は言えないが。

下着ごと脱がせようとするが、水中故に上手くいかない。
手間取っていると、自分で脱いでくれた。

左足はスムーズに脱げたが、右は革靴に引っかかって脱げない。
忌々しげに何度も足を振った挙げ句、革靴ごと抜いてプールサイドに放り投げた。

ついでにばしゃばしゃと煩い音を立てて藻掻きながら、ジャケットも脱いで。

馬鹿みたいだった。

自分も、夜神も。

ワイシャツとネクタイを肌に貼り付かせ、靴下と靴を片方だけ身につけた夜神と、
水中でずぶ濡れのジーンズとトランクスを太ももまで下ろした間抜けな私。

真夜中のプールに浮かびながら、
濡れそぼった凶器を、傷口に当てる。


「……いきなりで、大丈夫ですか?」


言うに事欠いてこれか。
五年ぶりに再会してから、まだ殆ど会話をしていない。


「ああ。慣れているからね」


夜神が言い終わらないうちに、力を込めて突き入れた。
水のお陰である程度スムーズに入ったが……。


「ぐっ……」


夜神は梯子の手すりにしがみつき、その白い喉を逸らして
がたがたと震えた。


「そんな事を言って、痛いんじゃないですか……」


動きを止めてその顔を覗き込むと、いつの間にか掻き上げられ、
ぺったりとこめかみに貼り付いた髪の先から水が滴っていた。
歯を食いしばり、睫を濡らしているようだが、顔中濡れているので
泣いているかどうかは、判別できない。


「はは……あの、世界のLと、一つになれたと思うと、嬉しくてね」

「一つに?」


馬鹿馬鹿しい。
セックスは接触に過ぎない。
何も交わっていない、個と個。
そういう意味では、手を繋ぐのと何も変わらない。

手錠で繋がれる事とも。


「あなたは、私が挙げてきた数多のホシの一人に過ぎません」

「数多の犯人と、手錠で繋がれ、二十四時間何ヶ月も監視し続けた?」

「……いえ……」


ああ……そうだとも。
そんな男は、夜神だけだった。
Lが顔を曝し、直接深く関わる価値のある、犯罪者だった。

乱暴に何度か動かし、夜神が萎えていない事に気づく。
慣れているというのは嘘ではないらしい。

思わず口元が緩むと、夜神も喉の奥でくっくっ、と笑った。


「ホシノカズホドオトコハアレド」

「はい?」


日本語……星の数ほど男はあれど、か?


「和歌ですか?上の句は何ですか?」

「何でもない」

「気になります」


問い詰めながら、下でも責めると夜神は顔を横に向けて小さな喘ぎ声を上げる。


「言わないのなら……そうですね、私の事を、ダーリンと呼んで下さい」

「はぁ?」

「『気持ちよすぎて死んじゃいそう』、と」

「……!」


薄闇の中でも、夜神の頬が紅潮したのが分かった。
私があの映像を見たのは、知っていたと言っていたのに。


「殺すよ?」

「無理です。ミカミは既に確保してあります」

「マットが裏切るかも知れないだろ」

「いいえ。あなたにそう思わせただけで、本来は違います」


夜神は諦めたように首の力を抜いて、目を閉じた。


「もしかして、あなたが色仕掛けで私の気を惹いている間に
 ミカミに名前を見させる予定だったんですか?」

「そこまで、考えてない」

「そうですか。ならせいぜい楽しみましょう」


濡れたワイシャツ越しにはっきり形を表した乳首を舌で嬲りながら腰を動かすと、
脳が蕩かされてしまいそうな、甘い喘ぎ声を響かせる。

私も、今宵くらいは我を忘れる事を、自分に許して良いのではないかと
思った。






  • 浜辺の恋を照らす月 1

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