恋にせりふの要らぬ宵 1
恋にせりふの要らぬ宵 1








「……正直、おまえがそんな事をするとは思わなかったぜ」


ニアが夜神に攫われた後、マットが「夜神にLのアジトを教えたのは自分だ」と
告白してきた。


「悪いと思ってるよ。だからこうして、あいつの根城も突き止めた」

「それでもニアの命が風前の灯火なのは同じだろうが!」


メロが激昂して、今日三度目、マットの襟首を掴む。


「まあ、今それを言っても始まりません。
 こうして同じホテルに部屋を取る事も出来ましたし、いざとなったら」


催涙弾を持って夜神の部屋に突入しても良いし、ホテル側が
協力しないようなら窓から狙撃しても良い。


「とにかく、ニアは絶対に助けますから」


言うと、メロは舌打ちをしてマットから手を離した。


「ミカミか夜神か、どっちか出て来ないかロビーで張ってる」


そう言って、出て行った。
それを見送って、ドアが閉まったのを確認してからマットに向き直る。


「……夜神の居場所を突き止めたのは大した物だと思います。
 教えてくれた事にも感謝します。しかし」


マットは私と目を合わせないままポケットから携帯ゲーム機を取り出した。


「マット」

「あ、ごめん。間違えた」


ゲーム機をしまって、反対側のポケットから折りたたんだ紙の束を取り出す。


「何ですかこれは」

「まあ、取り敢えず見てくれない?」


言われて広げてみると。


「これは……」





数時間後、メロがミカミを銃で脅しながら伴って戻ってきた。
部屋に入ると同時に目隠しをして、マットや私の顔は見られないようにする。


「のこのこ出てきやがったぜ」

「まさか同じホテルにアジトを移したとは思わなかったんでしょう。
 初めまして、ミカミさん」

「……」

「私がLです」

「……」

「勿論、我々がこのホテルに居るのは偶然ではありません。
 あなたがたは……夜神とあなたは、ここで終わりです」

「……」

「という事で、デスノートを提出して貰えませんか?」

「……」

「世の中には情状酌量というものがありまして。
 ああ、プロのあなたにはシャカに……説法、でしたか」

「……」


ミカミは、何も言わない。
まだ私はこいつの声を聞いた事がなかった。


「もういいだろ、L。俺が調べる」


そう言ってメロが身体検査をしたが、それらしき物はどこにも持っていなかった。


「部屋にあるのか?」

「……」

「おいっっ!!!」


メロが殴りそうになるのを、手で押さえたマットが口を開いた。


「俺が夜神に聞いてくるよ」

「あーそうかよ!おまえは夜神とオトモダチなんだったな!
 本当はどっちの味方なんだ?どっちのスパイなんだ?」

「メロ。マットを責めないで下さい。
 さっきも言ったように、先方はもう詰んでいるんですから」

「だからこそヤバいんだろ?ニアを道連れに自殺するかも知れない。
 こうしてる間にも、名前を書くかも知れない」

「彼はそんなに簡単に命を捨てませんよ。
 あの収容所を生き抜いたんです。分かるでしょう?」

「……」

「それに、さっき電話をしたら、明日の朝九時までに要求を聞けと
 脅迫がありました。
 少なくとも明日朝九時までは、ニアは大丈夫です」


言って、ドアに凭れ掛かっていたマットを振り返った。


「さて。こうしてミカミも確保できた事ですし。
 夜神に我々の居場所と要求を伝えてきて下さい」






夜が更けても、夜神からのアクションはなかった。
ミカミもまだ一言も喋っていない。
トイレに行きたい時、黙って立ち上がってメロに「トイレか?」と聞かれて
頷いただけだ。


「……L」

「何ですか?」

「悪い。突入させてくれ。やっぱりじっと待ってなんかいられない」

「こっそりニアと連絡が取れれば良いんですけどね……」


メロが、拳銃をベルトに挟みながら立ち上がった。
それから思いがけない素早さで、ドアに向かって走り出す。


「待って下さい。そんな事をすれば余計にニアが危ない」

「書く前に絶対に殺す」

「メロ!」


メロは振り向かず、部屋を飛び出して行った。


「どうするんだ?」

「仕方ないですね……マット、夜神に連絡して貰えますか?」

「何て?」

「メロが拳銃を持ってそちらに向かったので、適当にあしらってくれと」


今は待つべきだ。
とでもメロに伝えておけば良かったのかも知れないが、
その根拠を訊かれるのが嫌で放って置いたらこの有様だ。

だがあの行動力はメロの長所なので抑えたくない。
それに彼が起爆剤になって良い方向に転がる可能性もゼロではない、
という計算もある。


「了解。でもLは一応隠れておいてくれ」

「分かりました。それでは私は、上に居ます」

「上?部屋あるの?」

「はい。スカイスイートというのがあります」


マットがメールを高速で打っているのを見ながら、廊下に出て
エレベーターに乗る。
降りるとそこは、殆どの外壁がガラスの曲線で形作られた、
スパとフロアに一室しかないスイートの為の階だった。



スパは改装されたばかりだが、今夜は立ち入り禁止にしてある。
それでも私が前に立つと、静かにスライドするガラスの扉。

中は真っ暗だったが、右手にはフロントが見えた。
丸みを帯びたカウンタを乗り越え、配電スイッチを弄ると、どこかが
青っぽく明るくなる。

光源を探すと、横面のガラス扉の向こうにあるプールの中が光りだしたようだ。
プールの周囲の壁面はこれまた全てガラス張り、まるでロンドンの夜景の空中に
巨大な水たまりが浮いているように見える。

水の底だけが鮮やかに青い。
辺りの景色は全て下からのその光を受け、茫と浮かび上がっている。
何とも安っぽく幻想的な景色だった。

私は敢えて他の明かりは何も点けず、ガラス扉を開けて
プールに向かった。

プールサイドをゆっくり歩き、一際闇が深い奥のデッキチェアにそっと座る。
それから靴を脱いで、足を上げた。


……メロは夜神を襲撃するが、夜神は私の警告に従って迎え撃つだろう。
殺しはしないだろうが、拘束されるにせよしないにせよ、ニアの事があるから
メロはそこで足止めされる。

逃げた夜神は、夜の街へ……。

いや、そんな勝算のない逃亡は彼はしない。
きっと下の階に来る。
まずマットとミカミの居る部屋へ。

それから……マットとミカミを争うような事はすまい。
マットに、上にLが居ると聞いたら。


きっと夜神は、来る。

来ずにはいられない。

私には分かる。


耳を澄ませば、夜の静寂が痛いくらいだ。
完璧な防音。

それでも。

微かに……微かに、チン、というエレベーターの到着の音が。


たっぷり一分程置いて、入り口に影が差した。






  • 満ちてきたのか足元濡らす 1

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