春はおぼろに月かげ淡く 2 しばらくして、頼んであったディナーが届く。 寝室を軽くノックして開けると、ニアは毛布にくるまって ベッドの上で丸くなっていた。 「夕食が届いた。一緒に食べよう」 「……」 「毒なんか入ってない。そんな必要ないだろ?」 そう言うと、ニアは不承不承といった様子で、もぞ、と毛布から顔を出し のろのろとリビングに戻って来る。 窓辺のテーブルの上に、向かい合わせに置かれた皿群を見て 一瞬眉を上げたが素直に片方に座った。 僕もその向かいに座り、ナイフとフォークを手にする。 「最後の晩餐かも知れないからな。心して食べろよ」 「……ミカミはどうしました?」 「Lに捕まった」 「……」 「と言うわけで残念ながら、後がない。 残った僕のカードはデスノートと君だけなんだ」 「……」 「明日の朝までにLが譲歩して来なければ……その可能性が高いが、 君には僕と一緒に死んで貰う」 「男と心中なんてごめんです」 「仕方ないだろ? Lが、君の命には自分の命を賭ける価値がないって言うんだから」 「あなたは私を傷つけたいのかも知れませんが、単なる事実ですねそれは」 「まあそうだ」 Lが言っていた通り、自分の価値は心得ているし、死を恐れない、か。 「一応聞いておきたいんですが」 「何?」 「あなたが死ぬのは勝手ですが、何故私を道連れに?」 「……」 「どうせ死ぬのなら、その後の世界に私が居ても居なくても あなたに関係ないでしょう?」 「……腹いせ、かな」 「キラも低レベルですね」 「まあね」 それからニアは、何を思うのか黙々と食べ続けた。 Lに似ているのは雰囲気だけではないらしい。 かちゃかちゃと音を立てて、お世辞にも行儀が良いとは言えない食べっぷりだった。 「ワインはないんですか?」 「酒?飲むの?」 「短かったですが人生最後なんですから、アルコールくらい用意して下さい」 自分が酒を飲まないから思いも寄らなかったが。 言われてみれば、こういった場面には付き物かも知れない。 ニアの言う通りオーダーして、部屋に届いた時にはニアに猿轡をしてから受け取る。 「僕は飲んだ事ないんだ。未成年の時に収容所に行ったから」 「そうですか。何事も経験ですよ。 酒も煙草も女も知らないで死ぬなんて詰まらなくないですか?」 「いや、煙草と女は知ってるよ。煙草はもう良いけど」 「……」 ニアは面白くなさそうな顔でボトルを持ち上げ、僕のグラスに注ぐ。 そして僕の手許にボトルを置くので、そういう物なのかと思って 今度は僕がニアのグラスに注いだ。 「では、乾杯。最後の晩餐に」 「キラの破滅に乾杯」 それぞれ勝手な事を言ってグラスに口を付ける。 見た目グレープジュースに似ているが、全く甘くなかった。 「……美味しいね。甘ったるくない所が良い」 「はい。やはりフルボディに限ります」 見た目小学生くらいの男の子が、慣れた風にワイングラスを傾けるのが 何となく面白かった。 「……ですからね。他力本願というのは一番軽蔑すべき性質で」 「ああ……」 「かと言って、自分が一番正しい、という思い込み程タチが悪い物もない」 「うん」 「常に自分を疑いながらも信念を持つ、自信と疑心の間のバランスを保つ、」 「ああ……大事だね」 「そういうの、東洋で何て言うんでしたっけ?」 「ん〜、中庸とか……仏教なら中道、かな?」 「むしろ私はキラが大嫌いなんですよ」 「ああ……そう」 「デスノートなんかに頼りながら、自分の正義を振りかざして。 やっている事は単なる殺人鬼です」 「それは……」 ニアはどうやら、喋り上戸のようだ。 二人でボトル一本明けても見た目は変わらなかったが、 変に口数が増えてさっきから支離滅裂に自らの思想らしき物を垂れ流している。 僕はそれに反論するのも馬鹿馬鹿しく、ぼんやりと聞いている。 「悪い。少し頭がふらふらするからベッドルームに行こう」 「……酔ったんですか?あれくらいで?」 「そんなんじゃないと思うけど。眠いのかも」 座って普通に振る舞う事が出来ない訳ではないが。 ここでニアのご託を聞いていても仕方ない。 「悪いが、拘束させて貰う」 「その前にベッドルームまで送ります。 デスノートも用意しておきましょう。どこですか?」 「あのな……そんな引っかけに掛かる訳ないだろう。 人を酔っ払い扱いするな」 そんな下らないやり取りをしながら、二人で縺れるように寝室に入る。 冷んやりとしたシーツに横たわると、頭が冷えるようで気持ちよかった。 「完全に酔っ払いに見えますけどね」 ブツブツと言いながら、ニアもベッドによじ登ってきて僕の隣に座る。 「ははは。そうなら、人生経験が一つ増えて良かったよ」 「私は」 ニアは唐突に言葉を切り、少し考え込んでいるようだった。 やがて。 「……セックスも知らずに、死にたくありません」 「それは」 「ヤらせてくれますか?」 僕の答えを待たずに、襟元に手を伸ばしてくる。 この機に逃げようとすると思ったが……。 (勿論逃がしはしない。見た目程酔ってはいない) まさか、本当にこの僕を抱くつもりか? 「……あんまりじゃないか?確かに僕は男娼のような生活をしていたけれど 人生の最後の晩に、誰とも知れない子どもに抱かれるなんて」 「子どもじゃありません」 「ああ、そうだったね」 「あなたの腹いせで私は死ぬのですから、それ位してくれても良いのでは?」 「僕が嫌いだったんじゃないのか?」 「はい大嫌いです。普通だったらキラと関係を持つなんて絶対にごめんです。 でも、もう死ぬまでに他の人間と会う事はないでしょうから仕方有りません」 「酷い言われようだな」 とは言え、ニアの気持ちも分からなくはない。 セックス云々ではなく、死ぬまでにどうしても僕に一矢報いたいのだろう。 「分かったよ……好きにしていい」
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