春はおぼろに月かげ淡く 1 Lとの通話を終えて一時間程経った頃。 部屋のチャイムが鳴った。 魅上が帰ってきたのか、いやニアがいるから僕が外出する事はないと キーを持って行った筈……。 不審に思いながらもドアを開けると。 「よ!」 「マイル……」 そこに居たのは、赤毛の。 「一体どうやって、」 いや……。 「……携帯灰皿か」 「そ。ちょっと用心が足りなかったな」 僕とした事が……。 メールアドレスの紙さえすぐに覚えて破棄したのに。 いかにもGPSチップが入っていそうな紙の塊を持ってきてしまうとは どうもこいつには、つい油断してしまうようだ。 「君が来たという事は、そういう事か……」 「ああ。あんたがニアを攫ったりするからさ」 「悪いとは思ってる」 「ミカミはデスノートっていうの?持ってなかったから持って来いってさ。 因みに三階真上ね」 「……最上階か」 マイルは一方的にLの居場所を教えてくれるだけでなく、僕が何かしたら 同じ事をLに出来る用意はしていた訳だ。 それで僕がニアを誘拐したから、Lに僕の居場所を教えた。 Lはわざわざ僕たちの真上にアジトを構え、買い物から戻って来た魅上を捕獲。 それで僕を詰ませたつもりらしい。 「マイル。Lに伝えてくれ。 条件は何も変わっていないと」 「?」 「Lはニアがどうなってもやむなしと言っていたが、 僕にとっての魅上も同じだ。 また、ニアと同じく魅上もそれが分かっている筈」 「ライト」 「ニアとデスノートがこちらの手にある限り、交渉条件は変わらない」 「分かった。伝えるけど、一つだけ」 「何?」 「マイルってマジで本名なんだ。L達には言わないでくれる?」 「……」 「ミカミに名前を見られた時の用心に本名名乗っただけだから、 これからはマットって呼んで欲しいんだけど」 脳天気な発言に、思わず脱力してしまう。 掴み所のない男だ。 「これから」があるとでも思っているのだろうか? 「……分かった。じゃあよろしく頼む、マット」 「了解!」 マイル改めマットが出て行っても、一緒に入ってきた黒い影…… リュークは出て行かなかった。 「……おまえは、知ってたんだな?」 「ああ、勿論」 「人が悪いな」 「オレ、ヒトじゃないし」 「……」 落ち着け……こいつに八つ当たりしても仕方が無い。 「分かった。またリンゴをやるから質問に答えてくれ。 さっきマットが言っていた事は本当だな?」 「ああ」 「この部屋の外に、この部屋を観察している人間はいるか?」 「いや?誰も。 Lの手の者って意味なら、二人とも上にいたぜ」 この部屋から一歩出た途端、狙撃されるという事はないようだ。 って、「二人とも」? 「Lの仲間の人数は今来たマットと合わせて二人だけなのか?」 「ああ、マットと、金色の髪の奴だけだ」 「警察に応援を頼んだりしてないのか……」 「さあ。俺が知る範囲ではなかった。そんな様子もなかったし」 「武器はあったか?」 「分からない。大きな物は持ってなかったけどな」 なるほど……先方も話を大きくしたくないらしい。 出来るだけ少人数で、僕を捕獲するつもりだ。 ならば、こちらにも勝機はないでもないか……。 しかしそうは言っても随分と面倒な事になったのには違いない。 魅上の「目」は僕の重要な武器だったが。 Lは、ニアが死ぬ事になっても、絶対に僕に名前を教える事はあるまい。 僕がLの名前を知るためには、ニアがLの名前を知っている事を期待して デスノートに「Lの本名を告白して死亡」とでも書くしかないが、恐らく無理だろう。 ニアが死んでしまえば、僕にはデスノートしか武器がなくなる。 火口の悲惨な最期が、目に浮かぶ。 あんな無様で、無意味な終わりは嫌だ。 ……それくらいならばいっそ。 考えている間に死神はリンゴを貪り終わって、天井へと消えていった。
|