花も散り込む月も見る 1 「……ハッタリだったんですか」 本来。 Lの手下を出来るだけハイドパークに引きつけて、その間にアジトを急襲し Lの名前を見るつもりだったが。 Lは居なかった。 代わりに居たのはこの、プラチナブロンドの子ども一人。 あっけない程簡単に捕まり、目隠しをされて、ホテルの部屋の椅子に 縛り付けられている。 だが、下手をしたら侵入すら出来ない所だった。 僕とした事が、Lが東京に建てたビルのセキュリティの厳しさを失念していたのだ。 「では、Michael=Maxとは?」 「さあ……昔の日本のゲームのキャラクターか何かだったかな? でもおまえの本名は、本当に分かった。 ネイトと呼んだ方が良いか?」 一人留守番をしていたこの少年は。 三秒以内に入り口を解錠しなければメロの本名をデスノートに書く、と脅して 適当な名前を言ってやると、慌てふためいて独断で扉を開いた。 「あなたはメロの名を知らないと知っていたのに……不覚です」 「ああ、そうだな」 「Lのアジトはどうやって知ったんですか?」 「企業秘密」 言いながら携帯を弄り、マイルにメールを送る。 『ニアは無事だ。殺さない』 すぐに、返信があった。 『分かってる。でもやりすぎだ』 『悪いが、もう少し様子を見ていて欲しい』 『了解』 怒っているだろうか。 だが、マイルは自分がLのアジトの場所を漏らしたという負い目から、 しばらくはLに何も言わないでいてくれるだろう。 お陰で、良い交渉材料が手に入った。 「夜神」 「何?」 「今この部屋には、あなたしか居ないんですか?」 ニアは、目隠しをしたまま部屋を見渡す仕草を見せる。 そんな事に意味はないし、音で状況は分かるだろうに。 「ああ」 「ミカミは?」 「買い物に行ってる。おまえもしばらくここで暮らすんだ。 着替えや余分な食料も要るだろ?」 「それはそれは。人質相手にご親切に」 人を食ったガキだ。 初めて見た時から、何となくLと似た雰囲気を感じたが。 少年時代のLは、こんな感じだったのかも知れない。 「聞きたいんですが、何故私を誘拐したのですか?」 「何故とは?」 「Lを脅迫するなら名前を見るだけで十分でしょう」 「ああ……」 まあ屈強な男だったら連れて来ようと思わなかったかも知れないが。 「プレッシャーを与える為だよ。 目の前にいる人間がいきなり死ぬかも知れないというのも怖いだろうが、 やはりどこでどうしているか分からない、という方が不安が大きいだろう」 「Lに限ってはそんな事は全く気にしないと思います」 「あともう一つは、聞きたい事もあったから。 Lの本名を教えてくれたら、すぐにでも返してやるよ」 「知りませんし知っていても教えません」 「だろうね」 憎まれ口だが、知らないというのは本当だろう。 こいつはメロの本名も知らなかった。 彼らの、お互いに本名すら明かさないという用心深さが、今回は徒になっている。 「後は、Lの仲間の数、次のアジトの場所が決まっているなら、その場所」 「言いません」 「言わなければおまえの名前を書く」 「言いません」 「拷問すると言っても?」 「……言いません」 ワンテンポ遅れた返事。 なるほど。 こいつは死を恐れないが、苦痛には弱いという事か。 「ニアは、何が怖い?」 「……」 目隠しでその表情は見えないが。 引き結んだ小さな口は、何か考え込んでいるようでもあった。 やがて、その両端がつり上がり。 「私が怖いのは……、純潔を奪われる事ですね」 「……は?」 「あなたは男性経験が豊富なようですから、その手の嫌がらせをされると 私には太刀打ちできません」 「……」 ……当然収容所の監視カメラはチェックした、か。 拳を握り、殴り倒したくなるのを何とか抑える。 五年間さんざん嗅いだ、血の臭いと精液の臭いが蘇って吐き気がした。
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