井戸の蛙とそしらばそしれ 1
井戸の蛙とそしらばそしれ 1








夜神から再び連絡が入ったのは、その日の午後の事だった。
メロが出たが、私に代わってくれと言われたようで、携帯が
放物線を描いて飛んでくる。


『パケットとシェイはもう逮捕されたか?』

「はい。気の毒な彼らを、殺さないでくれたんですね」


実際、パケットとシェイが裁判に掛けられたら死刑になる可能性は低くない
余罪がざくざく出て来た。
難病の家族がいる訳でもなく、以前にも貧しい男に保険金を掛けて殺したり
悪どい詐欺も働いている。

だがそれを夜神に伝えたらすぐにも殺される可能性もあると考え、
一部嘘の情報を伝えたが、確かめる事もしなかったようだ。


『そうか。ご家族は?』

「保険金は出ませんから、かなり苦しくなるでしょうね」

『逮捕される前に、殺してやった方が彼らの為だったかな?』

「……」


冗談だろうか。
いや夜神はこういった悪趣味な冗談を言うタイプではなかった。
……何か、気づいている?


「どんな状況であれ、死んだ方が良かったという事はあり得ません」

『そうだね。僕も、一昨日までは五年前に死んだ方が良かったと
 思う事もあったけれど、今は生きていて良かったと思うよ』

「……悪いですが私は、」


自分がした事が間違っていたとも思っていないし同情もしない、と
言おうとしたが遮られる。


『そうそう、今日電話したのは魅上の事なんだけどね、
 彼は実はとても裕福なんだ』

「そうなんですか」

『で、パケットとシェイの家族にいたく同情して、当面支援したい言っている』

「それはそれは」


……一体何を企んでいる、夜神。
私の嘘を知った上で、それに乗って何か仕掛けてくるのか。


『でも振り込みはカメラが多すぎて出来ないし、警察や余人の前に
 顔を曝したくもない』

「でしょうね」

『だから、僕の昔のよしみで、おまえに中継して貰えないかと言っている』

「……」


なるほど。
パケットとシェイに関して吐いた嘘を上手く使われたが、要は
ミカミか夜神かどちらかが我々と接触したいという事だろう。

我々の誰か一人でも、ミカミに見られたら名前を知られる恐れがある。
一方彼らも、姿を見せれば、逮捕あるいは狙撃されて殺される危険すらある。

お互いにとってデメリットしかなさそうだが、一体何が狙いだ……。
いや、おまえが私と仇敵だという事実に蓋をして、偽りの旧友を装うなら
こちらもそれに乗ってやる。


「結構。引き受けましょう。昔のよしみで」

『じゃあそっちに現金をもって行くよ……と言いたいけれど、
 居場所を聞く訳にも行かないな。どこか場所を指定してくれ』

「受取人の指定は?」

『別に。知り合いの方が安心だけど、そっちも顔を曝すのは嫌だろ?
 ヘルメットで顔隠しても良いし、間違いがない人なら誰でも良いよ』

「では、場所はハイドパークにしましょうか。
 現金が用意出来ているなら、こちらは三十分後でも大丈夫ですよ」

『ハイドパークから三十分圏内に居るんだな?』

「はい。広いですから探そうとしても無駄です。
 そちらこそ、拒否しない所を見ると三十分圏内にいるんですね?」

『ははっ。意外とご近所だったんだな。
 それでは三十分後、偽キラのステージがあった辺りで』

「はい」


電話を切ってから考える。
私をおびき出すつもりかと思ったが、そうでもないらしい。

という事は。
L側の人間の、誰でも良いから直接会いたいという事か。
魅上が顔を見て名前を知り、人質にする、
あるいは夜神が口八丁で手懐ける……。

ヘルメットを被っていて良いと自ら言っていたから夜神が来る可能性が高いか。

彼らは私が直接来るとは全く思っていない。
これは逆に、行ってみる価値があるな。


「ニア。クロロフォルムはまだありましたか?」

「麻酔針がありますよ」


とにかく夜神さえ捕縛出来れば、騒ぎは起こしたくない。
そうすれば自動的に、魅上の動きを封じる事も出来る。

ここは、拉致のような形になってしまうとしても、強引にでも
捕獲に入った方が良い。


「ニアはバイクに乗れましたっけ?」

「……それを聞きますか?」

「……」


ニアが無理だとしたら、今からなら……メロと私だけか。
いや、マットも呼べる。

言わなくとも、ニアはバイクを三台手配し始めた。





三十分後。
日が陰り始めたハイドパークには、人が少ないようだった。

メロもマットも私もフルフェイスのヘルメットを被り、スピーカーズ・コーナーから近い
公園入り口三カ所にバイクでそれぞれ待機する。
全員インカムを仕込んでいて、カメラで公園を監視しているニアの指示に従い
夜神(と、もしかしたらミカミ)を捕縛する予定だ。

エンジンを掛け、バイクに跨がったまま待っていたが、約束の時間から十分過ぎても
ニアからの連絡はなかった。


「ニア。まだ夜神は現れませんか?」

『はい、それらしき人物は。……あ、ちょっと待って下さい』


ぷつ、と通信が切れる。
それから、「ちょっと」と言うには不自然な時間が流れた。
……胸騒ぎがする。


「ニア?大丈夫ですか?」


何度か呼びかけた後、唐突に通信が回復した。


「ニア」

『……あの子ニアって言うのか』


ヘルメットの中で。
髪の毛が逆立つような気がした。


『本名とは違うみたいだけどね』

「……ハッタリですか、月くんらしくもない」

『ははっ。どうせ偽名なんだろ?後で魅上に聞くよ』


その後夜神はまた、噛み殺すような笑い声を響かせ通信を切った。


「メロ、マット、聞こえましたね?至急戻ります」

『ああ、もう向かってる』


それからバイクを飛ばしてアジトに戻ったが。

そこは当たり前のように、もぬけの殻だった。






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