月が鏡になればよい 2
月が鏡になればよい 2








コーヒーを飲んだ後、魅上に次に裁く犯罪者候補のリストアップを言いつけて
目の前の公園へ散歩に出かけた。

偶には一人でゆっくりと考えたい、と思ったからだ。
魅上は悪い人間ではないが、ずっと一緒にいて世話を焼かれるのは疲れる。

平日午前のハイドパークは、昨日と打って変わって静かだった。
昨日の事件の取り調べの警察ももう居ない。
それでも変装と言う程ではないが一応帽子をかぶり、芝生に座って
形だけペーパーバックを広げた。


まず、今の状況を整理しよう。

Lは、僕の居場所は掴めていない。
魅上の事は知っている。

そして、キラのメッセージに対する返答をしなければならない……。

Lがメッセージに答えないという事はないだろう。
あいつの負けず嫌いは筋金入りだ。
だが、万が一キラに協力すると言ってきたらそれは間違いなく罠だ。

全世界に対してLの権威を失墜させるような事を言う訳だから、
後にそれを取り戻して余りある、派手な大捕物を演じる布石だろう。

やはりキラに協力しない、と言って来る可能性の方が高いだろうが、
その場合はこちらにも余裕はない。
可及的速やかにLを始末しなければならないからだ。

しかし一番ありそうなのは、Lが、メッセージの返答期限である明日の夜までに
僕を捕縛しようと考えている事。
今日明日中に、絶対に何か大きな動きをして来る。
それも細かい計画を練る余裕もなく。

その時が、Lの居場所か名前を掴むチャンスだ。

せめて仲間であるメロの名前が見られればもう少し状況も良かっただろうが……。
僕がメロの名前を知らない事を看破したLとの会話は、
後で思い返しても腑が煮えくり返るものだった。




小一時間経った頃、比較的近くに誰かが座った気配があった。

特に気にしなかったが、漂って来た煙の匂いに目を上げると、
思いがけない程近くに、ボーダーシャツを着てゴーグルを着けた
赤毛の若い男がいた。
携帯用ゲーム機で、小さいがめまぐるしい音をさせている。

これだけ広いのに何故ここに?


「あ、煙行った?ごめんね」

「いや……」


男は一瞬だけ顔を上げると、ゲームに集中していた。
数秒後、何かしらけりがついたらしく、小さくガッツポーズを作って
ぱたりとゲーム機を閉じる。
それから、まだ見ていた僕の方を向いてポケットから小さな箱を取り出し。


「吸う?」

「……」


このタイミングで、この不自然な近づき方。
いや、この国にはこんな奴がよくいるのか?
Lの手の者である確率を考えながら、愛想笑いを作って手を伸ばす。


「ありがとう」


煙草に……細工はされていなそうだ。
もしL側の人間だったとしたら余計に、どこで魅上が見ているかも
分からない場所で、話し掛けてきたり毒を吸わせたりする筈が無いか。

口にくわえると、にじり寄ってきてジッポーを近づけてくる。
もう他人から見れば、無関係の人間だとは思われない距離だな。

人差し指と中指で挟んで咥え、息を吸うと、


「……っごほっ!ごほ、ごほ、」


思わず咳き込んでしまった。


「え?え?大丈夫?合わなかった?」


赤毛の男が飛んで来て、僕の背をさする。


「いや……、いや、大丈夫。実は煙草吸うの初めてなんだ」

「えー!何で受け取るの!」


男は爆笑しながら僕に、簡易携帯灰皿を渡した。


「燃えるゴミで大丈夫だから」

「どうも。お陰でポイ捨てせずに済むよ」


軽く嫌味を混ぜて言うと。


「あんた面白いねー。日本人?」

「どうして分かった?」

「訳の分からない気の使い方する東洋人って大概日本人だから」

「別に気を遣った訳じゃない」


少し憮然とした顔を作って言うと、またクスクスと笑う。
それから男はゴーグルを上げて右手を差し出した。


「オレの名前はマイル。でもM-i-l-eじゃないよ」

「僕は……ライトだ」

「オッケー。英語上手いね。観光客?」


手を握りながら僕の名前を言ったが、握った手にもゴーグルを戻す仕草にも
一切不自然な様子はない。
やはりLとは関係ないのか……?


「ああ」

「これも何かの縁だ。
 オレ生粋のロンドンっ子だから、分からない事があったら何でも聞いてくれよ」

「じゃあ、早速だけど」

「何何?」

「ツイッターって、何?」

「……へ?」


何となくこの男はさほど警戒しなくて良いような気がした。
僕を完璧な人間だと思っている魅上には何となく聞きにくく、
戻ったら検索するつもりだったが、丁度良いのでこの男に尋ねてみる。


「知り合いが、当然僕が知っているといった前提で話すんだが、
 初めて聞いた言葉なんだ」

「そっかー、ライトってネットしないんだ?」

「いや、そうでもないけど」

「じゃあここ数年、ネット環境になかったんだな」

「……」


何だコイツ、意外と切り込んで来るじゃないか。
一旦解いた警戒を強め、表情を読ませないようにしていると
マイルは破顔した。


「ああ、悪い悪い。詮索するつもりはなかったんだけど。
 ツイッターってのはここ二、三年で急に……そうだ、SNSは分かる?」

「ああ」

「まあそれの一種だよ。小鳥がピヨって言うみたいに、一言二言
 呟くのが特徴なんだけど」

「そうか。まあそんな感じだろうとは思ってたけど」


負け惜しみに聞こえないように言うと、マイルはまた笑って
僕の背をばんばんと叩いた。


「何だよ」

「いや……あまりにも、印象が違うから」


……意図して、笑顔を作る。
マイルがまた笑った所で、その手首を掴んだ。
まだ笑顔を崩さないまま、何の冗談?と言いたげに首を傾げる。


「ねえマイル、さっき煙草を貰ったの。
 気を遣った訳じゃないって言っただろ?」

「ああ」

「本当は、君に興味があったからなんだ」

「うん、分かってた。
 いきなり近づいてくるなんて、Lの仲間だと思ったんだろ?」

「……」


ゴーグルの奥で、先程一瞬だけ見た切れ長の目が光った。






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