月が鏡になればよい 1
月が鏡になればよい 1








「月様、良いのですか?」


メロとの電話を切ってPCに向かうと、僕の爪を切っていた魅上が声を掛けてきた。
気が利くのは良いが、やりすぎだと思う事も多々ある。
本人は世話を焼きたいのだと言うので、好きにさせているが。


「何が」

「その……」


少し口を濁らせた後、意を決したように続ける。


「月様のご判断に疑念を持つ物ではありませんが……
 偽キラの名前を教えてしまうという事は、彼らの身柄を
 Lの裁量に任せてしまうという事では?」


ぱちん。
右手の親指を切り終わって、やすりをかけ始めた。


「ああ。そうなるだろうね」

「何故でしょう?神……キラ様の名を騙って金儲けなんて、
 私には万死に値する罪に思えます」

「まだ金儲けが目的だと決まったわけじゃないよ」

「しかし、そうでなくとも超常手段で一般市民を殺しています……
 今のうちに削除しておいた方が良いのでは?」


ふっ、と爪の粉を吹くアクションを挟んで、真顔で言うのに、
思わず小さく笑ってしまう。


「魅上、僕が偽キラに負けるとでも?」

「いえ!そんな」

「大丈夫。殺人はもう起きないよ。
 彼らは超能力者じゃないし、デスノートも持ってない」

「それは……」


メロから聞いた被害者の背景から考えると、恐らく彼は
金で自殺させられたのだろう。

という推理を伝えると魅上はまた「恐れ入りました」と深々と頭を垂れた。


「しかし、そんな酷い詐欺をする輩なら尚更」


尚も言いつのろうとするのを、手で制して口を開く。
魅上には、そろそろ僕の思想と目的を伝えておいた方が良い。


「……僕はあの収容所の中で、ずっと、考えていた。
 キラの裁きとは、一体何だったのだろうと」

「それは、神のご意志です」

「そう。天の神の手が届かぬ所、地上にあって隅々まで掃き清めるのが
 僕の役割だと思っていたけれど」


キラは、自分の役割だと思っているのだろうと、思っていたけれど。


「個人の視界にも能力にも、限界がある」


だからキラ……火口は滅びたのだろう。


「あなたが現身である以上、ある程度はそうでしょう。
 しかし、この地上にあなた以上に適正に悪人を裁ける人はいない」

「ああ。しかし僕は、もっと公正に効率よく裁くには、
 組織的な力を持つべきだと思った」


過去の僕は、組織の柵に縛られて、思うように裁けない警察にも司法にも
愛想を尽かしてキラを始めたのだろうけれど。
今となっては思う。
やはり、一人で戦うには、世界は大きすぎる。


「それは……」

「キラの声明で言った事は、あながち出鱈目じゃないよ。
 全世界の警察と協力した上でキラの裁きを出来たら理想的だと思う。
 勿論、自分の顔は隠して」

「……それでは、まるで」

「そう。まるで『L』だ」


過去の自分がキラだという前提でその思考をトレースすれば。
Lを殺して、Lを乗っ取るつもりだったとしか思えない。


「僕は、Lに成り代わって新しい世界を創る。
 その為に、Lのやり方、Lと警察との関係も知っておきたい」


そして。
警察の手に負えない事件は、僕の頭脳をもって解決する。
司法の手が及ばない悪人は、僕がデスノートで裁く。

今のLよりも、最強のLだ。

……そのためには現Lを懐柔出来ればベストだろうが、
奴の性格から言って恐らく不可能だろう。
ならば殺すしかない。

そうなると、魅上が「目」を持っている事を知られたのは不味いな……。




翌日の午前中、メロから連絡が入った。


『二人の身元が分かった』

「そうか」


約束通り、詳しい住所や家族構成などが伝えられる。
一人は平均的な平民の家庭出で、一人は移民系、
被害者も含めて、共通点はない。
だが。


『パケットは被害者と同じく息子が難病なんだ』

「暮らし向きは?」

『良く無い。不景気だしな。シェイの方は未婚だが、妹がこれまた特定疾患』

「……本当か?」

『ああ。ケンブリッジに推薦入学が決まる程度には優秀だったが、
 経済事情で辞退して就職。こっちが主犯かもな』


なるほど……キラのサイトは元々作っていたとしても、キラの声明を見て
すぐに犯行計画を思いついた事、各企業への根回しの早さ、
Lの企画したイベントにすぐに乗るバイタリティ、
ある程度頭が切れる奴には違いない。


『こいつらの微々たる稼ぎでも、なくなったら家族はさぞや困るだろう』

「……」

『被害者との接点は今のところ全く見つからないが、恐らくその関係の
 勉強会かサイトか、あるいはツイッターとかで知り合ったんだろうな』

「なるほど」

『……ヤードは、これから別件逮捕で突入すると言っている。
 依存はないな?』

「ああ……」


電話を切って考えていると、また魅上が話し掛けてきた。
その手には、丁度飲みたいと思っていた熱いコーヒーのカップが乗った盆。


「……個人的な考えですが」

「何だ?」

「神は、情状酌量というのは、考えなくても良いかと思います」

「……」


僕の思考をきっちり読む事もあれば、やや見当違いな事もある。
Lのようにあまりにも読まれるのは不快なので良いのだが。


「機械的に裁いて行かないと、月様が壊れます。
 それに、どんな事情があれ、キラ様を騙るのならそれなりの覚悟あっての事でしょう」

「そうかも知れないな……」

「Lはノータッチでヤードに任せるようですが、この先は月様が」

「考えておく。くどいようだが僕の指示があるまでは動くな」

「はい、それは勿論」


こいつには確かに、機械的な部分がある。
僕の世話にしても、一から十までと決めているかのように、距離感がない。

手の爪を切らせるくらいはするが、靴下を履き替えさせようとしたり
足の爪まで手入れしようとするのは、さすがに断った。
不満そうな顔をしていたが。

魅上に裁きを任せたら、極端に利己的に走るか、
あるいはどんな小さな罪でも罪は罪、と、一律に裁いてしまうかどちらかだろう。






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