遠く離れて会いたいときは 1
遠く離れて会いたいときは 1








二日前。
一人で飛び出し、ヒースロー空港で夜神の足取りを追っていたメロから、
連絡があったのは夕刻だった。
夜神が脱走してから丸一日以上経っているが、まず上首尾な方だろう。


『見つけたぜ。夜神と協力者が乗ったタクシー』

「お手柄ですね」

『空港からサヴィルロウに向かって、買い物した後またタクシーに乗ったんだが
 店員が運良くタクシー会社を覚えてた。
 だが、その次はハイドパークで降りた、という所までしか……』

「そうですか……」


まあ、落ち着き先に直接車を付ける程油断はしてくれないか。
あの辺りには高級ホテルが乱立している。
しかも、また乗り換えた可能性もあるな。


『悪い。結局行き先が分からなくって。
 ホテルを虱潰しに当たりたいんだが、それにはLの名前が必要だ』

「いえ……その辺りのホテルにいるとも限りませんし」

『じゃあどうする?』

「無駄な時間は使えません。少々強引ですが、何とかおびき出しましょう」



そして考えた苦肉の策が、キラ信者の集会を立ち上げる事だった。

キラのメッセージからも分かるが、夜神には意外とそういった顕示欲もある。
加えて、人の多さから見つかるまいと高を括って見物に来る可能性も低くない。


『分かった。ならマットに連絡するよ。
 あいつなら、ハイドパークやその周辺のカメラをハッキング出来るだろ』


そしてマスコミ各社に連絡を取り、インターネットの掲示板で集会を広め、
翌日には何とか人が集まりそうな所まで持って来る事が出来た。




「では、よろしくお願いします」

「本当に隠れるのですか?」

「はい。Lの顔は極秘ですから」


マットが、このPCの充実したアジトにやってくる。
この場所は遠からず捨てる予定なので構わないが、
例えワイミーズチルドレンと言えど、メロとニア以外の人間に
Lの顔を曝すわけには行かなかった。


「マットは、凄く楽しみそうでしたけどね……」

「ニアに会えるからですよ」


その時、訪問者を知らせるベル音が鳴る。
入り口の監視カメラに、ゴーグルを着けた若者が映った。


『来たぜ、ニア』

「マット、暗証番号は七桁。
 キルシュ・ワイミーの誕生日、アルファベット混じりです」

『オッケー!渋い所突くねぇ。01MAY33、と』


ないとは思うが、誰かがマットに変装して来襲する可能性を考え、
直接は教えない、か。


『あれ?開かないぜ?』

「ああ、失礼。フランス表記にしてました」

『ふ〜ん』


……いや、マットをからかう為か?


『01MAI33、と。お、開いた開いた』


その本人は、全く気にしていないようだが。
メロなら激怒して、またいつもの喧嘩が始まっている所だ。

そう言えばいつかメロが、マットは「Water off a duck's back 」だと
言っていた。
メロとニアのバランスを上手く取れるのは、彼だけかも知れない。
彼らのためにも、偶には「Lの仕事」に関わらせて繋いでおくべきか。

そんな事を思いながら、隣のサブモニタルームに控えた。


「よっ!ニア、久しぶり!」

「はい」

「えっらい散らかってるな。Lは?……って当然いないか」

「はい」

「相変わらず淡泊だな。女の子にモテないでしょ」

「はい」


ニアも、慣れたようにマットの軽口を受け流す。
これもメロが相手だったらまた辛口の応酬になる所だろう。


「で。ライブカメラとCCTV(街頭監視カメラ)を乗っ取るって?」

「はい。ハイドパーク全般と、その周辺全部」

「軽く言ってくれるねぇ。結構大変なんだぜ?」


それは簡単な仕事ではないだろうが、マットの口ぶりは
内容ほど大義そうでもなく、恨みがましい響きも全くなかった。


「で。何時から何時?」

「今日の正午から、三時くらいまでです」

「え!もうすぐじゃん!急がなきゃ」


ゴーグルを外し、背中にしょっていたリュックからキーボードと
眼鏡を取り出す。

それから二時間。
マットは無言で作業を続けていた。


「……失礼します。お茶です」


紅茶にクッキーを添えてモニタルームに持って行くと、
ニアが目を丸くしていた。
マットがモニタに見入っている隙に、こっそり人差し指を口に当てる。


「サンキュ……って誰?」

「Lの補佐をしている、ワタリです」

「ああ、お噂はかねがね」


マットは眼鏡を外すと、モニタから視線を外して大きく伸びをした。


「一休みすっか」

「そうですね。その方が作業効率が良さそうです」


私は盆を持って下がり、部屋の隅の椅子にしゃがみ込む。
マットは意外と上品な仕草で一口紅茶を含み、クッキーを摘んだ。


「旨い!このクッキー、ワタリさんの手作りですか?」

「はい」


まあ、嘘ではない。
本当にワタリが作って届けてくれた物だから。


「すげー。もしかして昔、ワイミーズハウスに差し入れてくれました?」

「そんな事もあったかも知れません」

「生まれて初めて食った美味しいクッキーと、同じ味がする」


そうか……ワタリは、私の補佐をしながらそんな事もしていたのか。
全く、さりげなく仕事量の多い男だ。


「なあニア。そう言えば、Lってどんな奴?」

「どんなと言われても」

「俺さぁ、Lって意外と若い気がするんだよね」

「でも、二十年近く前から活躍してますよ?」


ニアの失言と共に、マットがクスクスと笑い出す。


「どうしたんですか?」

「いや。だって、直接Lに会ってるおまえが、そんな風に
 客観的な分析をするって事は、若いってのが図星って事じゃん」

「……」

「誤魔化そうとして墓穴って奴か。
 ニアでもそんなミスをする事があるんだな」


ニアが狼狽えたのは、同じ部屋に私がいるという緊張からかも知れない。
そう思うとマットの評価は辛口だが。


「……私は、まだまだ未熟者です。メロよりはマシですが」

「メロなぁ……でもおまえたちは二人とも、俺達よりずっと優秀で、
 ずっとLに近い場所にいるよ」

「……」


静かに落ち込むニアを尻目に、マットは朗らかに笑うと
紅茶を飲み干してもう一度伸びをした。


「よっしゃー!もう一頑張りするか」


ああ、うっかりする所だった。
ワタリならこういう時、すかさず空の器を下げるな。

盆を持って近づくと、マットが一度掛けた眼鏡を、外す。


「あの、ワタリさん」

「はい?」

「握手。して貰えますか?」


……マット。

彼もやはり、ワイミーズチルドレンだ。


「ええ。喜んで」


差し出した手を静かに握り、首を傾げて耳を澄ませるような仕草を見せた後、
マットは名残惜しそうに手を離した。


「また、会えるでしょうか」

「ええ。きっと」


盆に全ての食器を乗せて退室する。
モニタルームをモニタすると、マットは爆発する感情を抑えられないように、
満面の笑みでじたばたしながら転がり回っていた。






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