今宵の二人にゃじゃまな月 3 メロと顔を見合わせて、思わず呟いてしまう。 「マーク、逃げよう。あいつは指さすだけで殺せるようだ」 メロは僕の腕を掴み、死体から遠ざけようとした。 その時、男がナイフを抜いて、噴水のように血が噴き出し、 悲鳴を上げた人々が一斉に散る。 「ああ、でもその前に救急車を」 ゴミ箱に食べかけのアイスを放り込んで携帯電話を取り出す。 「……魅上。聞こえるか」 コール音が途切れるのを待って声を潜めて話し掛けると、 緊張した声音が返ってきた。 『はい。月様、今のは一体、』 「落ち着け。ステージ上の男の名前は見えるか?」 『申し訳ありません……無理です』 そうか、姿だけでは駄目なのか。 やはり顔が見えないと名前も見えないらしい。 ならばせめて、メロの名前を押さえよう。 ……メロは、ステージ上の男が「死んで貰う」と言った直後、 躊躇わずに走り出した。 つまり、あの男がキラだとは全く思っていなかったという事だ。 この場でそんな確信が持てるのは、キラである僕と、魅上と…… 僕がキラだと、知っている者。 CIAとも考えられるが、どんな手段を使ってかこんなに短時間で僕を見つけたのだ。 Lの手の者と思った方が良い。 「では、名前を見て欲しい奴が」 『皆さん!』 その時、また大音量で、ステージ上からの呼びかけがあった。 『その場に留まって下さい。 ご覧になったように、私は指差すだけで行動を操り、殺せます。 動いても同じです』 人々が、ぴたりと止まる。 だが、誰かが声を上げれば、一斉に走り出すであろう緊張を含んだ静止だった。 じり、隣に移動してきたメロが、小声で尋ねる。 慌てて携帯を切った。 「救急車は呼べたか?」 「電話したけれど、既に同様の通報があったそうだ」 「そうか。ならすぐに警察も来るだろう」 僕の電話は嘘だが何人かは絶対に通報しているだろう。 ステージ上の男にも、それほど時間は残されていないという事だ。 『皆さん。私は、世界を少しでも良くしたいと考えている。 そのために日々犯罪者の事を調べ続けている。 私が本物のキラだと認識した上で、righteous_war.comを見て欲しい』 成る程、続きはwebで、という訳か。 これならスピーチに時間を掛ける必要はない。 『それが公式の、キラのサイトだ。 もう一度言う。righteous_war.comだ』 やや早口でそれだけ言い終わると、男はステージ裏へ引っ込んだ。 せっかくのステージは捨てていくようだが、その代わり目隠しになる。 後はマントを脱いで仮面を取り、二、三回上着を取り替えれば 群衆に紛れてしまえるだろう。 取り残された人々は、どうして良いか分からず右往左往していた。 だが、我先にと急いで逃げていく者達。 赤い服の男を助けられないかと、血だまりに膝を突いて応急処置を試みる者達。 それを取り囲んで、ただ見ている者達。 様々な者がいるが、ステージの裏に回って「キラ」を追いかけようとする者は いない。 何となく人々を観察していると、 「マーク」 メロが、話し掛けてきた。 「良かったら、連絡先を教えてくれないか?」 「……」 「結構近くで大変な事件を目撃しただろ? 今後警察に事情聴取を受ける可能性もあるし、情報交換がしたい」 「僕は、警察に出頭する気はないよ」 「何故」 「これだけ大勢の目撃者がいるんだ。僕が行かなくても大丈夫だ」 言うと、メロは少し上目遣いになって目を細めた。 「薄情なんだな。そんなだったらキラに殺されるぞ?」 「その位で殺されるなら、キラも大した事ない」 「でもさっきは実際、犯罪者じゃなさそうなのを殺した」 確かに……しかし、あれは、一体何なのだろう? 「メロ、さっき『あいつは指差すだけで殺せるようだ』と言ったな?」 「ああ?」 「あいつはって、どういう意味?」 「どういう意味って」 「あいつ以外に、キラを知っているのか?」 「……」 固まったメロの指に、ふやけたコーンから漏れたアイスクリームが流れる。 慌てて舐め取って、ばりばりと最後まで食べ終わって。 ティッシュを渡すと、サンクスと言って指を拭った。 それから。 「……別に、そういう意味じゃない」 「そう」 間違いない。 コイツは、僕の正体を知っている。 魅上が気を利かせて名前を見てくれていればいいが、そうでなければ また呼び出して魅上に見せなければならないかも知れない。 「いいよ。携帯番号教えて。こっちからコールする」 我ながら唐突な申し出だったが、メロは話が逸れた事に安堵して 気づいていないようだった。 「ああ。077-xxxx-xxxxx」 こちらの携帯からその番号をプッシュすると、確かに目の前で コール音が鳴る。 「じゃあまた。何かあったら」 「ああ」 公園出口に向かった、メロの背中にもう一度声を掛けた。 「そうだ、メロ」 「何だ」 「さっきは済まない。マークというのは偽名なんだ」 「……」 驚いた様子だが……やはり、偽名を使った事にではなく、 何故それをばらすのかを訝しんでいるように見えた。 「僕の本当の名前は、ライトだ。r-i-g-h-t」 「……そう」 「また偽名かって訊かないのか?」 「何で」 「さっきの、righteous_warから思いついたんだ」 「……」 「って感じの名前だろ?」 「……」 これでメロにも、僕が彼がLの手の者だと気づいたという事が 伝わっただろう。 僕がライトと言った時点で、突っ込まなかったのは大きなミスだ。 メロはしばらく僕の真意を汲もうとするようにじっと目を見つめていたが、 やがて軽く手を上げて去って行った。 「魅上。今どこだ?」 『偽キラを追って、ケジントンガーデンズの方に来ています』 「追えたのか!」 『はい。すぐステージ裏に行くと、マイクを回収して、手袋を鞄の中にしまい 逃げていく二人組を見つけました』 「でかした」 『どちらがステージに立っていたのかまでは分かりませんが 両方とも名前を押さえました』 「分かった。なら、それ以上追跡して危険な目に会う事もない。 戻ってきてくれ」 『了解』 さすがに、痒い所に手が届く男だ。 メロの名前を見てくれても良かったが、こちらはまだ繋がっているから 今後いくらでも機会はある。 偽キラはいずれ何とかしなければならないのだから、助かった。 魅上の姿が見えたので、目だけで合図して先に立って歩き始めたが、 すぐに魅上が追いついてきて「失礼」と言いながら僕の腕に触れた。 「ゴミが」 「ゴミ?」 見ると、小さな粘着テープに貼られた、チップが。 さっきメロに腕を引っ張られた時か。 「はははっ。GPSだ」 「月様まさか!」 「ああ。こんなに早いとは思わなかったけれど、Lの手下が 近づいてきたよ」 しかし発信器を付けたという事は、僕の居場所は特定出来ていないという事。 「失礼、ゴミが」 「あらご親切に」 僕はGPSを近くにいた老婦人の襟につけ、タクシー乗り場に向かった。 「ホテルを変えますか?」 「いや、逆に動かない方が良い。 今日はせいぜい遠回りして帰ろう」
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