この袖でぶってやりたいもし届くなら 1 「ニア。もう結構です」 背後のモニタ群に向かっていたニアに声を掛けると、空気が揺れた。 彼には、全クロアチアの空港の監視カメラ映像を順次チェックして貰っていた。 私は、夜神失踪時間からオシィエク空港のCA死亡までの監視カメラ映像を 調べていたが、比較的短時間で目的の人物が見つかる。 「やはりそちらに居ましたか」 「はい」 モニタには、きっちりとスーツを着たビジネスマン風の黒髪と、 ややルーズな格好をした手ぶらの東洋人が映っていた。 斜め上からの映像で顔ははっきり映っていないが、間違いない。 「こちらですか?」 「はい」 ニアが、玩具の弓の先でモニタ内の夜神の後頭部をトントンと突く。 「十四時十分のチェックインだな。前後四分を調べる」 メロが素早くPCのキーを叩き始めた。 もはや空港に確認を取る、といった煩雑な手続きは踏まず、 独断でコンピュータに侵入しているようだ。 彼にはこういった能力と裁量がある。 子どもだと甘く見たら痛い目に合うだろうが、頼もしくもあった。 少し……往時の夜神を、思い出す。 「出た。三組だな、データ上では、ドイツ人、アメリカ人、 中国人、それぞれ一人だ。……どうした?L」 「いえ……」 「……誰を、思い出してたんだ?」 ……何年も前、夜神がハッキングに長けていた事を 少しだけ話したのを、どうやら覚えていたらしい。 勘が良い事だ。 「夜神には数年のブランクがある。 今はきっとあなたの方が、上ですよ」 自分から訊いて置いてメロは不快そうに眉間を寄せた。 慰めるつもりはなかったが、どうやらプライドを傷つけてしまったらしい。 「……三人とも同じ飛行機でフランクフルトに向かってる。グルかも」 「その中に夜神がいるのは間違いありません。 一応全員の足取りを追って下さい」 「分かった」 カメラに写っていた、黒髪のスーツの男、夜神、禿頭の白人。 その時間チェックインした、ドイツ人、アメリカ人、中国人。 黒髪の男は、東洋系に見えた。 彼が中国人のパスポートを使った可能性は高いが……。 「ニアはどうです?」 部屋の、反対の隅で射的の的を立てていたニアの、 目の前のPCが音を立てたので声を掛ける。 「返事が来ました。ええ……レンタカーを借りた奴の名義は、トーマス・リー。 中国系アメリカ人で、パスポートのコピーも取ったそうです。 送らせますか?」 「いえ……いや、送って貰って下さい。 どうせ偽造でしょうが、少しでも顔の情報はあった方が良い」 「車は十三時十五分にオシイェク空港の駐車場に乗り捨てています。 ただ、その事は事前に言って、余分に金を払って行ったそうです」 「なかなか几帳面な性格のようですね」 ニアが再び寝転がってPCに向かったのを機に、私も目の前のPCに向かった。 Lの仕事は、沢山ある。 キラだけに関わり合っている訳にはいかない……。 「メロは、どうしました?」 三時間ほど後、しばらくメロの姿を見ていない事に気づいた。 普段なら気にしないが、今は確実に「顔だけで殺せるキラ」が跋扈している状況だ。 ニアが、眠たげな猫のような顔でPCの一つの前に這って移動する。 いくつかキーを叩いて、 「アロー?」 『何がアロー、だ、このフレンチ野郎』 「前から言ってますけど国籍はイギリスです。血は半分フランスですが。 無断で外出して、キラに殺されたいんですか?ブリティッシュロック野郎は」 『大丈夫だ、Lとオレは絶対に繋がらない』 「残念です。絶対などという言葉を気軽に使う馬鹿が『L』の助手とは」 『はぁ?!てめえ、出て来い!顔貸せ!』 「キラに殺されたくないんで嫌です」 卓越した頭脳を持った二人なのに、お互いと喧嘩をする時は 何故こんなにも不毛なのか。 「ニア、もう良いです。メロ、何処に?」 『ああ、Lか。ヒースロー空港だ』 「ヒースロー?」 『容疑者三人の内、中国人とアメリカ人の二人は同じ便で ヒースローに向かってる。ビンゴだろ?』 イギリスに来たのか……。 偶然なのか、まさかもう、私の居場所が分かっている? 考えていると、髪の毛を指先でくるくる巻いていたニアが尖った声を出した。 「メロ。そういうスタンドプレーは」 『うっせーな。スピードが大事なんだろ?スピードが』 「……でも報告が」 『キラがどこへ飛ぶにしろ、後を追おうと思って空港に向かったんだよ。 そしたらその途中で偶々ヒースローに来た事が分かっただけだ』 確かにスタンドプレーと言えばそうだが、ニアにも私にも迷惑は掛かっていないし 結果最速で行動できている。 「ではメロ、する事は分かっていますね?」 『ああ。ちょっと時間は掛かるが、監視カメラ映像をチェックしながら、 目撃者を探す』 「よろしくお願いします。くれぐれも先方に探索していると探られないように、 下手な人に顔を曝さないよう、気をつけて下さい」 『分かってる。リーのパスポート写真と夜神の写真、使わせて貰うぜ』 「はい」 通信を切ると、ニアが不機嫌な顔をしていた。 「彼は夜神の行方が分かったら、絶対に報告より先に後を追いますよ」 「まあ、危険がなければ良いのでは?」 「でも!……正直、抜け駆けだと思います。トータルでは効率も悪い」 「ならあなたも行って一緒に追いますか?」 「……」 極端に体力のない(というか運動の嫌いな)彼に意地の悪い事を言ってしまったが 私はメロの行動力を買っている。 ニアも、彼と上手く付き合ってくれれば良いと思う。 その時。 視界の隅のモニタの一つの、ニュース映像が突然クローズアップして 目に飛び込んできたような感覚があった。
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