首尾を拾った夜の月 1 「そう言えば、おまえ、仕事は?」 「CIAですか?アメリカを発つ前に辞表を提出してきました。 突然なので捜索願が出ているかも知れませんが、関係ありません」 魅上がアメリカに直接帰ると目立つ、というので、 クロアチアからフランクフルトを経由してロンドンに来た。 また罪もない地上係員を殺してしまった……。 「私のパスポートは写真を貼り替えた偽造で中国籍になっていますし あなたも、赤の他人のパスポートを買ったので足取りは追えません」 パスポートの写真を張り替える必要がないから逆に、 行き当たりばったりに買った方が安全という事だろう。 なかなか考えている。 「で……この金は?」 ロンドンに着くと魅上は高級な紳士服店で無造作に僕の服を買い、 ハイブランドでスーツを作ると言って採寸した。 「……デスノートを、私利私欲の為に使ってしまったと言ったでしょう? そのお陰で一生豪遊しても使い切れない金が手に入りました。 でも、こうして月様の為に使えると思えばそれも……」 「服なんか、そんなにいらないよ。 それより疲れたので休みたいんだが」 「……はい」 魅上は心なしか少し沈んだ声で言うと、車を呼んだ。 「その……大変失礼かも知れないのですが、予約してしまってあるので」 「何」 「ツインルームで、よろしいでしょうか?」 「全然構わないよ。何故?」 「いえ……その……」 何故か口が重い魅上と僕を乗せて車は滑り、高級ホテルが立ち並ぶ一角に止まった。 尾行を警戒してかロータリーには車を入れず、徒歩で入ったが、 慇懃なドアマンの完璧な笑顔が眩しい。 「また、良いホテルにしたね」 「それは、神……いえ、月様をお迎えするのですから。 ヒルトンは予約が取れず、申し訳ありません」 クラシカルな内装、高層階の部屋からは、ハイドパークが一望出来る。 夜になってしまったが、朝になれば緑に目が癒されるだろう。 魅上の心遣いに、感謝した。 「お夕食は、ルームサービスにしましょうか」 「ああ、頼む。おまえも疲れただろう、先にシャワーを浴びたらどうだ?」 「そんな、神より前に」 「僕は収容所で浴びたし。そんな事は気にしないでくれ」 「はい……」 魅上がシャワールームに行ってしまうと、久しぶりの……寛いだ時間だ。 あの収容所の、味も素っ気も何の楽しみもない部屋から、 何の前触れもなく連れ出され、数時間後にはこの待遇。 自分が、変にテンションが上がっている自覚はある。 魅上に甘やかされ、スポイルされないように気をつけなければ。 ……大体、あの魅上という男は、何者なんだろう。 本人の言う経歴を、嘘と決めつける材料はないがまだ信用も出来ない。 ふと気配を感じて目を上げると、あの「死神」が目の前にふわふわと 浮かんでいた。 『おいライト。リンゴくれよ』 「リンゴって、普通のリンゴの事か?リンゴが好きなのか?」 部屋にある電話で、フロントにリンゴをいくつか至急持って来るように頼む。 「……さて。リンゴをやるから、少し話を聞かせてくれ」 『そう来ると思った』 恐ろしい形相だが、見慣れれば意外と愛嬌がある。 そして、僕の立場も何もかも分かっているようだった。 『テルは普段は気が散るから用がない限り離れてろって言うんだが、 ライトは盗聴器がある時以外は普通に相手してくれてたからな』 「という事は、僕が以前おまえに会った事があるというのは、本当なのか」 『ああ。覚えてない筈なのにとぼけたからこっちはビビッたぜ』 「僕は……キラだった?」 『その通りだ』 「……」 思わず側にあったソファの肘掛けに手を突き、身体を支える。 それから、その軟らかい座面に沈み込んだ。 まあ、まず核心を聞いてしまえばもう何も恐れる事はない。 「そうか……」 『オレの知るライトは、そんな事で落ち込みそうにもなかったけどな』 「さんざんキラを憎み、Lと一緒に捜査してたからね」 『そんなものか』 首を捻りながら、ふわりと部屋を一周する。 その時、チャイムが鳴ってリンゴが届いた。 早い物だ。 『ヒャッハー!』 「で。デスノートは、誰でも使えるのか?」 『そこからかー。ああ、誰でも使える。 ただ所有権というのがあって、それの持ち主からオレは離れられない』 「今の持ち主は魅上で良い?」 『ああ』 「あいつはどんな奴だ?」 『そういう質問って、めんどくさいな』 「リンゴやらないぞ」 『おいおい、やっぱりライトは変わらねー。 んーと、テルは、一言で言うと真面目。融通が利かない』 成る程。 本当だとしたら、魅上が語った事は全て本当と思って良いが。 その時、シャワーの水音が止まった。 魅上がもうすぐ出てくる。 「もう一つ。おまえは僕に、嘘を吐くか?」 『いや、必要ないし。ただし、オレは誰の味方でもないから 知っていたり気づいたりしても、聞かれない限り黙っている事もある』 「なるほど。それで十分だ」 僕がリンゴを一つ、ぽんと放ると、死神は上手く空中で受けて シャリシャリと丸ごと囓り始めた。
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