月と見るのは主ばかり 2
月と見るのは主ばかり 2








男は「魅上照」と言い、やはり日本人との事だった。


「神の裁きがなくなった五年前……地方検事局にいた私の耳に、
 キラ様が捕縛され、裁判も受けさせられず、アメリカに送られたとの噂が
 入ってきました」

「ああ……」

「そこで私はまず公安に入り込み、CIAに出向した後、永住権を取得して
 正式にCIA要員として働きながら、ブラック・サイトの事を調べて……」


一般人が、たった五年でブラック・サイトの点在場所、僕が収容されている箇所を
調べ上げ、そのセキュリティをクラックして僕を救い出す準備をした。


「優秀なんだね」

「神に比べたら全く……」


私の生い立ちは幸せな物とは言えませんでした。
この世に正義なんかないと思っていた……。

でもある時から、神は私をお救い下さるようになった。
やがてキラ様の裁きが表面化して、神が具現化されたと思いました。

私が一人の悪人の罪を問うのに何年も掛けている間も、
痛快に次々と裁いていくキラ様。

しかし裁きはなくなり……絶望していた時、死神が現れたのです。


「死神?」

「はい。神もご存じの、リュークです」


リューク?何の話だ?
訝しく思っている間にも、魅上の話は続く。


彼は私がどこかキラ様に似ているなどと、恐れ多い事を言って
次は私が民を裁いたらどうだと、デスノートを渡してくれました。

でも、私はまず……私利私欲の為に、使ってしまった……。
そんな自分に絶望しました。

やはり、無私の心で公正に裁いた、キラ様でなければ。
そう言うと死神が、あなたは生きていると教えてくれたのです。

それからはお会いできる事だけを心の支えに、この五年間頑張ってきました。
デスノートも、最低限しか使わずに……。


「でもこれからは、どうぞ神がお持ち下さい」


魅上が小脇に抱えていた書類入れから、黒い表紙のノートを取り出す。
何気なく受け取ると、


バサッ


「!」


魅上の背後に……しかも空中に、真っ黒い影が。
決して広くはない監房一杯に翼を広げ、黒い細長い怪物が浮かんでいた。


「……やあ。久しぶりだな、リューク」


自分でもよく、驚きを顔に出さずに居られたと思う。
この五年で精神は、良く言えば鍛えられ、悪く言えば鈍くなった。


『ああ。久しぶりだ、ライト』


怪物……死神は、少し首を捻ったが、笑顔らしき物を作って話を合わせてくれた。





「でもこれは、おまえが持っていてくれ魅上」

「何故ですか?」

「今はおまえもキラだろう?僕が指示したら、書いてくれたらいい。
 一緒に新しい世界を、作ろう」

「はい……!」


魅上の話が本当だとしたら、彼が僕を殺す機会はいくらでもあった。
それをこうして救いに来たのは、当分は僕の命を奪うつもりはないという事だ。
ならば、こんなキラの証拠となるような物は持たないに越した事はない。

それにしてもデスノート……火口が持っていたのと同じ物が、他にもあったのか。
だが僕は、キラじゃない。
キラだったとしても、戻りたいとは、思わない。


いや……このノートを使えば、確かに世界は、平和に近づく。


……何を考えているんだ!
だめだ、そんな事は。

というか、それは後でゆっくり考えるとしよう。
取り敢えず今は、魅上に話を合わせなければ。

誰の物か分からないが、ややサイズが合わない服を着て、魅上と共に
足早に廊下を進む。
ひと気は全くない。


「あの看守は、おまえが殺したのか?」

「はい。監視室でモニタを見たら、あの男が神に……」

「……」

「その、いけませんでしたか?」


その顔には、本当に悦んで抱かれていたのか?と書いてあって
演技しなくても不愉快を隠せなかった。


「申し訳ございません!」

「いや……あの男はマシな方だったからな。
 他にも看守はいただろう?」

「二人居ましたが、銃で脅して縛り上げました。……神」

「何だ」

「あの男がマシとは……そんなに、酷い目に……」


魅上は立ち止まり、数歩行きすぎた僕が振り返ると、
手に持っていたノートを広げていた。


「何を」

「看守を全員殺します。名前は見ましたから」

「魅上」


僕が動けない間に、魅上はノートに名前を書いていく。

いや……本当は、動けない事は無かった。
止める時間も、ノートを取り上げる隙もあった。

だが……僕は、動かなかった。


「目を、持っているのか」

「はい。今回の神奪還には必要になるだろうと、死神と取引しました」


ミサが持っていると言われていた、顔を見るだけで相手を殺せる目。
死神との取引で手に入るのか。
そう言えば火口もそんな事を言っていた。

ノートに書いている所を見ると、見るだけで殺せる訳では無く、
顔で名前が分かる物らしい。

確かに便利そうだが取引と言ったな、代わりに何を差し出すのか……
いや、キラがそれを知らないのはおかしいから今は聞かない方が良いか。


「……魅上。僕を苛めていた看守は、あと一人だよ。
 もう一人は、万が一僕が顔を見て殺せるようになった時の為に、
 顔を見せずに僕をモニタしていただけの看守だろう」

「それでも、神が酷い目に合わされているのを黙認した罪は重い」

「そんな事を言うなら、所長はもっと酷かったし、僕をここに閉じ込める事を決めた
 CIAの幹部も、……罪人という事になってしまうだろう?」


少し声を潜めて言うと魅上は力強く頷き、一旦しゃがみ込んで
書類ファイルを開いた。
そしてまた何か名前を書き始める。
恐らく今言ったメンバーの名前を調べて、書いたのだろう。


「はい。これで死にました」


……僕は、キラではない。

だがキラに、人を殺させてしまった……。
その事が、僕の精神にどういった影響を与えるか観察してみたが、
今のところ大きな動きはない。

数年に渡る絶望と苦難、そこから脱出出来る、という感慨の前では
目の前で起こるキラの殺人も、大きな事ではなかった。





魅上の用意した車に乗り、ガレージを出ると、
青い空と緑の森が広がっていた。

ああ……日の光とは、こんなに暖かく、痛いものだったか……。

太陽光の下で見ると、自分の手が妙に白い事に気づく。
長い事日焼けしてないからな……。


「神」

「魅上……その、『神』って呼ぶの、やめてくれないか?」

「でも、私にとっては……いえ。失礼しました。
 何とお呼びすれば?」

「夜神でも月でも、好きなように呼んでくれていいよ」

「とんでもない!呼び捨てになんか出来ません。
 せめて、『月様』と」

「……まあ、いいけどね」


この男は決して馬鹿ではないだろうが、僕……いや、キラには心酔しきって
他が見えなくなってしまうようだ。


「その、月様。Lの名前は、ご存じないんですよね?」

「ああ」

「クソッ!せめて写真があれば……」

「どこにもないと思うけど。Lは殺す必要あるか?」

「神を、捕まえた奴ですよ?あなたをあんな不遇な状況に、」

「でもお陰で、この出会いがあったんじゃないか?
 Lが僕を捕まえなければ、絶対に魅上とは出会えなかった。
 L以外の人間に捕まれば、処刑されて、やはりおまえと会えてなかったよ」

「……ああ……月様……」


クックックックッ、と、背後から声がする。
死神には全て見えているのだろう。

僕が本当にキラだったかどうか、こいつに聞けば分かる……。
後で何とかして、二人きりで話をしなければ。




「月様。少し待っていて下さい」


魅上の車はそのまま空港に向かったが、僕は当然パスポートを持っていない。
どうするのかと思ったら、一旦受付カウンターに近づき、そのまま戻ってきた。
そして、またノートを開いて何か書き始める。


「何をしているんだ」

「彼女に、月様がパスポートと別人である事を見逃して貰います」

「死の前の行動を操るというやつか?そんな事をしたら、」

「彼女は死にますが、キラ様の理想の世界を実現する為には必要な犠牲です」

「……」


不味い……こいつ、僕の為なら、罪もない一般人を平気で殺す。
何とかしなければ。

魅上が言った通り、彼女はパスポートと全く別人の写真にも眉一つ動かさず、
チェックインを許してくれた。


「Have a nice trip!」


明るい声で言ってくれた彼女の、顔を見る事は出来なかった。






--続く--




※28000打ご申告下さいました、ハナナさんに捧げます。
まだ途中ですが捧げます。
気になるリクエスト内容は、

ヨツバ編でノートはLの手に渡る前に消滅→従って月は記憶も戻らず
「13日ルール」で無実も証明されない状況に。

「キラだった可能性は極めて高いが、おそらく操られていただけで今は記憶はない。
本物のキラ(火口)は死亡して事件は解決」

と結論に落ち着き、Lはキラ事件から手をひき、月をアメリカの司法に引き渡す。

数年後、Lの元に監禁されていた邸宅から月が失踪したという知らせが入る。
見張りの者やアメリカの司法の上層部の何名かが殺されている事、
失踪したのが「元キラ容疑者」である事で、Lは再び月に関わることになるのだった…

みたいな設定で

・Lの助手としてメロ、ニア登場
・月を攫ったのは狂信的なキラ信者の照

でした!まんまでごめんあそばせ。
「L月だけどメロもニアも照もいる!」という方向で考えて下さったとの事で
非常に面白そうな設定なのですが、短くまとめられなかったので連載的に続きます。

しかしそれにしても、また照を書く日が来るとは。
「六道の辻」では酷い目に合わせてしまったので挽回したいのですが
最初のノートを捧げ持っているのと最後のイメージが強すぎて、どうしても
アホっぽくなってしまいます。これから何とかします。

あと、

Lがかっこよくて月が不憫なら言う事ないですが、それはたぶんリクエストしなくても大丈夫だと信じてます

といったコメントも頂きまして、さすが「不憫月を愛でる会」会長です。
不憫だけれど本人へこんでいない、というのがハナナさんの月萌えだと推察し、
こんな感じになりました。
如何でしょうか?

ハナナさん、面白いリクエストをありがとうございました!




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