天下無敵 4 「何……するんですか」 そう言えば、こいつに触られたのは初めてだな……。 「脈が乱れています。もう少し座っていた方が良い」 アイバーが、気遣わしげな目で、見上げる。 ああ……何となく鳶色の瞳のイメージがあったけれど、 こうして光が入るときれいな緑なんだな……。 それとも、目の色さえ変えるのか?一流の詐欺師とやらは。 「分かりました……でも、どうせハンティングトロフィーですから。 僕が急性アルコール中毒で倒れたりしたらLは嬉々として 皮を剥ぐんじゃないですかね」 「かも知れませんね……あなたの中身は本当は、とても純粋な人なのに」 「はははっ!」 あまりにも、まるで口説こうとするような口調に思わず笑ってしまう。 アイバーは拗ねたように口を尖らせて、僕の頬を抓む真似をした。 「残念。僕が、キラだという証拠はないよ」 「でも、Lに告白はしたんでしょう?」 「さあね」 「……納得行きません、私には」 「何が」 「私に頼めば、あなたからキラだという自白を一晩で引き出してあげたのに Lはどうしてそうしなかったのでしょう?」 「……」 「水臭いと思いませんか?」 そんな事を僕に真顔で聞かれても。 確かにアイバーはLよりも人間の心を操ることに長けている。 というかLは、生身の人間と交渉した事がないんじゃないかという程 不器用だった。 だが、あいつは社会性のなさを、暗い情熱で補った。 僕を犯し、証拠もないのに自分の勘を信じ続けて遂にキラだと認めさせた。 「……僕がキラだと仮定して、という話になるんですが」 「はい」 「Lは、あなたには無理だと思ったんじゃないかな」 スマートなあなたには想像もつかないでしょう。 竜崎がどんなに泥臭く、みっともなく、僕に食らい付いたか。 「私には?」 「ええ」 「それは、詐欺師としてのプライドを傷つけられるなぁ。 何なら、今からでもあなたを落としましょうか?」 アイバーの目が、初めて剣呑な光を帯びた。 口元は笑っているが、目の奥が、笑っていない。 彼が初めて見せた素顔かも知れない。 「……無理ですよ。キラじゃないし」 「あなたが本当にキラじゃなくても、自分でキラだと思い込むようになる。 私にはそれくらい可能ですよ?」 「遠慮します。あなたが恐ろしい人だという事は分かりました」 微笑みながら言うと、アイバーも穏やかな顔に戻って 僕のグラスにワインを注いだ。 「私が思うに、Lはきっと自分一人でキラを捕まえたかったんですよ」 「……」 「Lは基本、警察の手を借りず、我々のような傭兵を使って 犯罪者を捕らえてきました」 「らしいですね」 「警察に恩を売られたくなかったという事もあるでしょうし、 公的機関を相手にすると自らの顔を晒したり、犯罪者と 顔を合わせたりしなければならない」 「犯罪者と直接関わるのは、嫌いじゃないみたいですが」 アイバーが知っているかどうか分からないが、 あいつは、犯罪者に欲情し、実際に関係を持つ変態だ。 「でも、『L』として犯罪者と対面したのは、あなたが初めてだと思います」 「……」 いつの間にか、普通に僕がキラだという前提で話を進められている。 一瞬否定しようかと思ったが、それよりはこのまま会話を続けて 最後に「全部仮定の話ですが」と締めて終わる方が効率的だと思い到って 口を噤んだ。 「Lが初めて出会った大犯罪者。初めて対話した犯罪者。 そしてもしかしたら、初めて出会った、年下の犯罪者」 「……」 「特別だらけのあなたは、見た目も可愛いし、性格も清廉潔白。 しかも、こうやって一緒に酒を飲むのもとても楽しい人物」 目で促されて、グラスに口を付ける。 ああ、そう言えば一杯だけど言っていたのに。 それにしてもいい年した男に「可愛い」って、怒る程ではないが反応に困るな。 だめだ、思考がどこか散漫だ。 「そんなあなただから、Lは司法に引き渡す事をやめたんじゃないかな」 「自宅の応接間に飾っておく為に?」 「そう。ベッドルームかも知れないが」 アイバーが、冷やかすように片目を瞑る。 鎌を掛けられているのか? 「……Lは、清廉潔白とはとても言えない人物ですね」 「ええ。今更気付いた?」 はい、今気付きましたよ。 竜崎が清濁併せ呑む人物だという事にではなく、 あなたがそこまであいつの本質を見抜いている事に。 「いえ。あなたやウエディを使う時点で、闇がない人間とは思えません」 アイバーは気分を害した様子もなく、無言で続きを促す。 「それに、僕だってそんなLのやり方に賛成している。 清廉潔白だなんて、とんでもないです」 「そう……君とLは、正反対のようでとても良く似ているんだね」 ああ……やはり、そう思いますか。 竜崎と僕は、とても似ている部分がある。 認めます。 でも、Lにとってキラは、単なる大きな獲物だったようです。 ……キラにとってのLも、単なる大きな障害物なので、お互い様ですが。
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