天下無敵 3 それでもそのワインは本当に美味しく、食事が終わった後も あと一杯だけという約束で、ソファに移動して飲むアイバーに付き合った。 「……という訳でね、私はLに頭が上がらないんですよ。 現役の詐欺師を陥れるなんて、あの人くらいだ」 「そうなんですか……でも、Lの過去を僕なんかに、 そんなに簡単に話してしまって良いんですか?」 「大丈夫でしょう。美味しく酒を飲む為には、『必要な会話』ですよ」 「はははっ。Lの厳命も、アイバーの詭弁に掛かっては無意味ですね」 「本当に大丈夫ですよ、何しろ相手はあなただ。 ……ライトは、Lにとって特別な人なんでしょう?」 いきなり、探りを入れて来たな。 やはり僕達の関係を、単なる探偵と容疑者とは思わないのだろうか。 「まあ……僕はまだ何か疑われているようですから」 「ふう〜ん……」 アイバーが、珍しい相槌を打って、流し目でこちらを見る。 酔っているのか? 「で?ライトは、本当はキラなの?」 思わず、ワインに咽そうになってしまう。 「何故その名が出て来るんですか!そんな訳ないじゃないですか」 「だよねぇ。本当だとしたら、私は今キラと酒を飲んでいる事になる。 それは凄い事だと思ったんですけどね」 「残念ながら、あなたの目の前にいるのは東国の一介の学生です」 アイバーは、とても楽しそうな顔でグラスを干し、手酌でワインを注いだ。 上品な仕草でグラスの足を持ち、ブランデーのように軽く揺らす。 「……では、Lは何故あなたの監視を続けるんでしょうか?」 「さあ。あいつの考える事は僕には分かりません」 「本当に?」 「ええ」 「私にはね、」 アイバーは一旦言葉を切ってワインで口を湿らせると 少し声を低めた。 「ライトに何かの疑いがあるとするのは、Lがあなたを 自分の傍に置いておくための方便に思える」 「……」 僕も、自分のグラスを干してしまわないように気をつけながら 小さく口をつける。 キラではないと思ってくれるのは助かるが、ゲイだと思われるのは…… いや、考えすぎか? 辛うじて口の中に甘味と渋味が広がる程度にワインを舐め、 動揺を抑えながら次の言葉を考えた。 「……何の為に?」 「さあ。それこそ私には分からないが、Lにとってあなたは、 かけがえの無い人なんじゃないかと思います」 「そんな事ないですよ。あいつは僕をトロf……」 ……危ない。 あまりにも自然に核心を突いてきたから、つい本当の事を。 「Trof?Trophy?あなたの事を、トロフィーだと言ったんですか?」 勘の良い奴。 だがその勘の良さを隠さず食いついてきたという事は、やはり多少は 酔っているのか。 「……ええ。意味は分かりませんが」 「へえ……」 アイバーはソファの背に寄りかかり、また笑い混じりに僕を見ながら 顎鬚を扱く様な仕草をした。 「……」 「……」 突然黙り込んだアイバーに、こちらも困ってしまう。 いかに彼が会話を主導していたかを思い知ってしまった。 「あの、」 「……ライト。あなたは、やっぱりキラなんですね?」 「……」 ……なんだこの感じ。 まるで、Lを相手にしているようだ。 何を言っているんだ馬鹿馬鹿しい、と笑い飛ばしてしまうと もっと深い陥穽に落ちてしまう気がする。 ここは、慎重に答えなくては。 「……何故、そんな事を言うのですか?」 「そう考えると辻褄が合うからですよ。 あのLが、あなたの事をトロフィーだと言ったんでしょう?」 「……」 「私は、Lが手錠を掛ける程あなたを疑っていながら、何故逮捕しないのか 不思議だったんです。 そうじゃなかったんだ。Lは、既にキラを捕縛していた。 ただトロフィーとして手元に置いておきたかっただけなんです」 「……僕が逮捕されなかったのは、証拠がなかったからです。 そして解放されたのは、僕がキラでないという証拠が出たからだ」 額に、汗が。 拭えばきっと逆に目立つので、心を落ち着けて自然に乾かすしかない。 「それに、僕をキラだと思っていてトロフィーが欲しいのなら、 証拠を捏造してでも司法に引渡すでしょう、あいつなら」 「ああ……警察の感謝状とか、警視総監賞とか?」 とぼける、目がサディスティックに細められる。 これは、計算された「見せる為の表情」なのか、それとも。 大丈夫だ。男がトロフィーワイフだなんて、普通は思いつかない。 警視総監賞でOKだ。 「そう。まあ、そういった他動的な賞でなくとも、超常現象を犯罪手段とする キラを捕まえたとなれば、Lの名にも箔が」 「それは違いますよ」 僕の弁を、アイバーが突然遮った。 基本的に人を不快にさせる人間ではないので珍しい。 「Lは、Lがキラを捕らえたと、別に誰にも認めて貰う必要はないと思っている筈です」 「その根拠は?」 「私の知るLの性格からして、そうだからです」 「論理的ではありませんね。 それに、名声に興味がないのが本当だとしても、キラを傍に置いておく理由はない」 「いいえ……ありますよ?」 アイバーが、またグラスを傾け半分程干す。 僕にも目で促すので、おざなりに口を付けたが心臓は痛いほどに どくどくと脈打っていた。 「あなたは、」 突きつけられたクリスタルのグラスが、光を乱反射して プリズムのように七色に光った。 「Lの大切な、ハンティングトロフィーです」 ……ハンティング、トロフィー? ああ。 あの、狩った鹿だの山羊だの首だけを剥製にして、応接間に飾ったりする 悪趣味なあれか。 「美しく、この上なく手強かった獲物。 Lがもし自宅という物を持っているのなら、絶対に飾りたいでしょう」 自分が、切断されて胸像のような剥製にされ、広い屋敷の 廊下や客間の壁に飾られる光景を想像する。 何とも悪趣味で気味が悪い想像だったが……妙に納得もした。 竜崎が僕を傍に置いておく理由。 トロフィーワイフ……というより、ハンティングトロフィーの方がしっくり来る。 僕の知る竜崎の性格からして。 「なるほど、ね」 言いながら手元のグラスに残ったワインをあおると、アイバーは 少し目を見開いた後、小さく拍手をした。 「良い飲みっぷりですね」 「もう、お開きにしましょう。僕は寝ます」 「じゃあ認めるんですか?」 僕がハンティングトロフィーだって事をか? いや、キラだと言う事か。 「認めなくても、あなたはそう思うんでしょう?」 「まあ、そうですが」 少し頭がふらつく……。 シャワーを浴びる為に立ち上がろうとすると、手首を掴まれた。
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