天下無敵 2
天下無敵 2








自室で机に向かっている間、アイバーは背後のソファで静かに
ペーパーバックを読んでいた。

僕は勉強なので一応ノートに書いたりPCを使ったりしているが、
同じ部屋にいるだけで牽制になると思っているのだろう。

実際、見られているかも知れないと思うだけで余計な事は出来ない。
竜崎と違って凝視し続けられているという事はないが、
Lの手足として認められた男だ。
数が多くてもそれぞれ固定されていたカメラに監視されているのとは訳が違った。


折角の竜崎がいない生活を満喫する事は出来なかったが、
特に問題もなく夕食時になり、ケータリングサービスの食事が届く。
竜崎の指示でアイバーやウエディと日本捜査本部は食事を別にしていたので
僕も今日は自室でアイバーと差し向かいで夕食を採る事になった。


「ライトは?ワインはどうですか?」

「いえ。結構です。未成年ですし」

「そう?ここは大使館みたいなもので治外法権ですよ。
 じゃなきゃ私みたいなのが大手を振って飲酒できない」


礼儀正しさと親しみやすさが完璧な比率で入り混じった笑顔を浮かべる。
確かにこれは、事前に詐欺師だと聞いていなければ
僕でもうっかり引き込まれてしまいそうだな。


「そんな……あなたなら大使館の中でも牢獄の中でも
 優雅にお酒を楽しんでいそうですが」

「言うねぇ。ライトのそういう人を食った所、好きですよ」


あなたの手管は分かっていると、さりげなく返したつもりだが
防御するどころか返す刀で逆に深く切り込んでくる。
変則的だな……余程頭が悪いか、逆に切れる人間の話し方だが
こいつの事だからきっと後者だろう。


「……ありがとうございます。つい若い頃の癖が出ました。
 気をつけます」

「若い頃って、今でも十分若いけど、ライトにも若気の至りという事が
 あったんですか?」

「ええ」

「良ければ」


瞬間躊躇い、だが自分から話を振ったような形にされてしまったので
もう断りにくい。
腹を決めて、口を開いた。


「……中学までテニス部だったんですが、高校に入る時に止めました。
 その時に、『お遊びは中学まで』と公的に発言してしまったんですよ」

「公的にって、先生の前で?」

「いえ。テニス雑誌のインタビューで。
 当時全国大会で優勝して少しだけ取材を受けたりしていたもので」

「それは……テニスに人生を賭けている人には嫌味だねぇ。
 君にそんな迂闊な時代があったとは」

「ええ、過去一番の失敗です。
 以来、本音で発言する時は気をつけるようになりました」


まずい……。会話が滑らかに進んでいる。
過去の経験からして、気分良く、しかもあまり考えずに会話が進む時は
要注意だ。
相手がそのように誘導している可能性が高いので。

それが純粋に相手の好意、サービス精神である場合もあるが
今の場合は相手が詐欺師なんだから油断ならない。
事実、言わなくても良い過去の話、本音までさりげなく聞き出されている。


「でも、君は『失敗』と言いながらも実は全く気に病んでないね。
 そんな事を気にする必要もない程、圧倒的な実力があると自覚している」

「ええ、まぁ。
 ……所でこの白身魚のムニエル、美味しいですね。何でしょう?」


強引に、会話を軌道修正してしまったが、


「有名な、舌平目ですよ」

「ああ、これが」


アイバーは余裕の笑みで優しく返して来た。
全く手応えの無い、柳のような男だ。


「ついでに言うと、これは白身魚に合う典型と一部で言われている、
 ブルゴーニュ産の白ワインです。
 この取り合わせは日本語で『ベタ』と言うようですが、やはり完璧ですよ」

「……試してみたくなるような事を言いますね」

「ええ。試して欲しくて言いました。どうです?一杯だけ」


全く、口が上手い……こちらのペースが作れない。
流れる会話、まるで自分までもが洒脱な人間になったかのような高揚感。
数言でもう、この流れを止めるような、無粋な事はしづらくなっている。
アイバーの話術に填まっている、と分かっていながらも、逆らえなかった。


「そうですね……では、一杯だけ」


アイバーは心底嬉しそうに笑った。
伏せてあったグラスを取り、ナプキンで軽く拭った後、わざわざ立って
テーブルを回り僕に手渡す。


「どうぞ」


僕の椅子の背に手を置いているので、体温が感じられる程近い。
だが注意深く直接体には触れないようにして、ボトルを傾ける。

なるほど……これは恐らく、良家のお嬢様かマダムを落とす時の
セオリーだな、と推測する。
もう少し遊びなれた女性を相手にするなら、最初から親しげな口を利き
べたべたとボディタッチするのだろう。


「どうしました?」

「いえ」


きっと粧裕なら、この近い距離にドキドキしながらも、親切な振る舞い、
体に決して触れない立ち居から、礼儀正しい人間だと認識するだろう。
そして、気付かない間に心を許してしまう……。


「……本当だ。美味しいですね!魚の味が、また引き立つ」

「でしょう?」


不思議なのは、何故僕にそれを適用するか、だ。
それとも、若い男は常にこんな調子で丸め込むのだろうか?






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