手錠解錠 3 「どうした?ワタリ」 『松田さんがベルトで緊急サインを送ってきました……』 ヨツバに潜入捜査をする計画をしていた矢先、松田さんが 恐らく犯人グループに拘束されたという情報が入ってきた……。 これはもう助からない、キラ事件の捜査が続けられるかどうかさえ 危うい、と僕でさえ思ったが、竜崎は諦めなかった。 僅かな間に、ミサのマネージャーという設定を最大限に生かした上で 一旦死んで貰う、という案を考えついたのだ。 「さすがだな、竜崎」 「相当強引ですし、リスクも高いですがこの際仕方有りません」 「竜崎は……意外と情に厚いよね」 「……松田さんが死ねば、今後の戦略が立てにくくなる。 それだけです」 ぶっきらぼうな口調になるのは、やはり図星なのではと思う。 冷徹な竜崎は時に、意外と熱い正義感やとぼけた人懐っこさを見せる。 僕はそれは人を使いやすいように計算された演技と見ていたのだが……。 しかし今回、松田さんを助けたいという気持ちに、嘘はないのではないかと思えた。 「アイバーにこんな事をさせて本当に申し訳ないです。 しかももし松田さんがしくじったら、松田さんどころか下で待機する あなたの命も危ないですが」 「そんなヘマはしませんよ。 マツダサンが助かったのを確認してから死体の振りをします」 「で、アイバーさんを収容する救急隊員は誰が?」 「勿論あなたとワタリです」 「いや、ワタリさんは運転手だろ?人も集まってくる可能性があるから あまり不自然なことは出来ないぞ」 父と模木さんは、松田さんを受けるマットレスを支える役目がある。 二人では心もとない程だが、他に人がいないので仕方ない。 「困りましたね……人手が足りません」 「いやいやいや、」 全員が竜崎を指差すと、本気で分かっていなかったような とぼけた顔をした。 ワタリさんが(初めて知ったが運転手だと思っていた人だったので驚いた) どういう伝手を伝ってか、本物の救急車と救急服を持ってきた。 「まったく……松田のバカのお陰で……」 ぶつぶつ言いながら竜崎が、僕の左手の手錠をつまみ、無造作に鍵を差す。 カチ、と音がしてリングが開いた。 時間もないので、慌てて手錠を外し、着替える。 「いいのか?外に出るのにこんなに簡単に手錠を外して」 「一般人に見られるんでしょう? 救急隊員二人が手錠でつながれていたら異様すぎます。 それに、あなたが手錠を外してもバカな事をしないのは分かっていますし」 「……」 分かってしますし。って。 ウエディとの事は、竜崎にバレていないと思っていたが…… 今初めて、本当は竜崎は起きていたのではないかと思えてきた。 「そうか……なら勿体無い事をしたな」 だから軽く鎌をかけると。 「ウエディは聡明な女性です」 やっぱり……寝たふりをしていたのか。 性格が悪い。 「私が目覚めたのを敏感に察して、途中からフォローに回った」 「そうなのか?」 「あなたを本当に盗むつもりはないと、だからちょっとだけ味見をすると わざわざ私に挨拶したんですよ」 「……」 「あなたが手錠を外さなかったのは、ウエディには意外だったでしょうが 私にとっては満足行く結果でした」 「……何。僕は、おまえたちの手のひらで転がされていた間抜けなピエロだと 言いたいのか?」 そう言えばあの夜、竜崎は何となく機嫌が良かったのだった。 僕がウエディの誘いに乗らなかった事が、面白かったという訳か。 悪かったな!子どもで! 「違います違います。アイバーです」 「は?」 「彼はウエディよりもしたたかなので、彼が本気であなたを奪おうとしたら 私にはどうしようもないんですよ。 だからあなたに用心して欲しくて、こうして手の内を見せました」 「いや、」 この僕が男にそんなに簡単に抱かれる訳がないだろう、と言おうとして 目の前の男に簡単に抱かれてしまったのだと思い出す。 あの伊達男と自分が、などと想像も出来ないが、そういえば竜崎となんて もっと範疇外だった。 自分に軽く絶望する。 僕は自分が思っていたよりずっと、押し弱いのかも知れない。 けれど。 「というか僕がアイバーとどうにかなったとして、竜崎は何か不都合があるわけ?」 「……」 竜崎は驚いたように口を噤んだ。 まさか僕がそんな風に反撃するとは思わなかったのだろう。 「僕がウエディの誘惑に乗らなかったからって、何故おまえが満足する?」 「……決まっています。あなたは私を特別な存在だと言い、私を退屈させないと誓った」 「僕なら、自分が振った女の子が誰と付き合っても気にならないけどね」 「その言葉に何の意味があるんですか? 私はあなたではない。あなたを振ってもいない。あなたも女の子ではない」 焦ったような早口。 でも……きっとこれも、嘘だろう。 竜崎は本当は、僕がアイバーやウエディと手を組んで「より強いキラ」になるのを 恐れているに過ぎない。 なのにこうやって、僕を嬉しがらせる様な事を言って僕の口をふさぐ。 何も言えなくする。 「……ずるいな竜崎は」 「ずるいですよ私は。あなたを私の元に留めて置くためになら 多少格好悪い真似でもします」 「……」 まあ、どんな類であれ、僕に対して所有欲がある事は認めたことになる、か。 自分は僕に応えるつもりは全くないくせに、 僕が他の誰かの物になる事は許さない。 そんな勝手な欲望だけれど。 まるで、放っておいたオモチャを取り上げたら怒る子どものようだ。 普段は忘れているくせに、自分のオモチャ箱の中にあるだけで満足なのだろうか? それともやはりウエディが言っていたように、 「キラ」は「価値のあるアクセサリー」なのだろうか。 金の有り余っているLからすれば、金では買えない「キラ」というブランドが 手放しがたい物なのだろうか。 「……僕は、おまえの物にはならない」 「前言撤回ですか」 「違う。おまえが特別な存在だというのには違いないよ」 「ならば浮気はしない事です」 「そんな事を言われる覚えはないね。 僕は、僕のほうがおまえを自分の物にしたいんだ」 ウエディが教えてくれた。 「キラ」と同じく「L」だって、アクセサリーに過ぎない。 けれど。 おまえが誰の物にもならず、ショウウィンドウに飾られているだけならば 僕も大人しく見ているけれど、 もし誰かの物になりそうになったら。 「……大胆な事を言いますね。『L』は、安くないですよ?」 僕はいつかおまえを所有する。 Lではなく、生身のおまえを。 --続く-- ※この月は考えが浅いというか、本当にコドモです。 それは月なのか。
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