臥薪嘗胆 1
臥薪嘗胆 1








松田さんの失敗……もとい、活躍により、ヨツバの会議室を盗撮できた。
捜査本部の皆でモニタリングしている目前で、間違いなく、殺人を計画している。
いや、次にキラに殺させる人間を決定している。

この事自体は犯罪ではない。
だが、犯罪者でない人間が殺されるのをみすみす見過ごせる訳がない。
絶対に、止めなければ……。


「いえ、残念ですが、今挙げられた者が死んで初めて『間違いない』です」

「り……竜崎!」


だが竜崎は、殺しをさせなければ捕まえる事は出来ないと言う。

前々から思っていたが、やはり竜崎は人命を軽んじているようだ。
対象となっているのが自分の身内なら、こんな風に悠長でいられないはず。

それとも、身内がいないのか?
だから、犯罪を犯していない者を絶対に死なせてはならないという気持ちが
理解できないのだろうか。


「そうですね仕方ありませんね……キラ断定より人命……
 当たり前ですね……」


あからさまに不満そうで、子どものようだと思う。
全く、こんな時だけ感情が分かりやすい。

……とは言え、僕に竜崎の気持ちが全く理解出来ない訳でもなかった。
ずっと追い続けてきたキラなのだ。
あと一歩で、捕まえられる……その思いと、見ず知らずの人の命。
比較などしてはいけないと思うが、どうしても比べてしまう。

……僕がキラを捕らえ、自白すれば司法の手には引き渡さない……。

そんな竜崎の取引を完全に信じたわけではないが。
この中に必ずいるキラを捕まえることが出来たら。

……いや。待てよ。
「取引」?


「『L』の名を借りるぞ、竜崎」

「?」


皆が不審な顔をしているが、説明する暇も惜しい。
奈南川。やはり、竜崎も奈南川を選んだか……。
竜崎が自分と同じ判断をした事に満足しながら、電話番号をプッシュする。


「奈南川零司さんですね。適当に相槌を打って聞いてください」

『ん?何だ?』

「私はLです」

『……』


Lを探していなくとも、いきなりLと名乗られたら誰だって面食らう。
ましてや奈南川は、そのLを探しているのだ。
きっとあの時の、入学式でLと名乗られた僕以上の心境だろうと思ったが
何故かその時の自分の心の内は全く思い出せなかった。


「もしあなたがキラ、もしくはキラと直接取引できる人間でないのなら、
 取引しましょう」

『うむ、そうか……それで』


思ったとおり、驚きも恐怖も顔に出さず、冷静に対応してくる。
そして彼なら絶対に、僕の提案に乗ってくる筈だ。


「……と前西氏を殺すのを一ヶ月先に延ばしてください」

「今後私達に協力してもらえれば罪は問わない」

「いいですか……Lがキラに勝てばあなたは無罪。
 キラがLに勝てば、あなた方はそのまま裕福な人生」


どちらに転んでも損はない。
竜崎の好きな、負けない賭けだ。
あなたは乗るしかない。
それが分からない程バカじゃないだろう?

自嘲するような気持ちで待っていると、やがて奈南川は。


『ああ……じゃあ月曜に』


承諾して、電話を切った。
そして直後、言葉違わずキラによる殺人を先延ばしにする操作をしてくれて、
胸をなでおろす。


「うまくいきましたね……」

「ああ」

「やっぱり夜神くんは凄いです。殺しを延期させられるだけではなく
 奈南川から情報を得られるかも知れない。
 しかも私のやり方に似ていますし……私より早く考え付いた……」


それは、竜崎のやり方を傍でずっと見ていたからだ。
観て、そして誰よりも理解した。
だから半分以上竜崎の手柄だと思うが、褒められると素直に嬉しい。
しかし竜崎は不穏な言葉を続けた。


「……これならもし私が死んでも、夜神くんが『L』の名を
 継いで行けるかも知れません」

「何を縁起でもない事を」


竜崎と同等の頭脳を持った後継者がいるというのは嘘だったのだろうか?
そうだとしてもおかしくはないけど。


「……夜神くんなら出来るかも知れません」

「Lを継ぐことをか?」

「いえ……私が今考えているのはその事ではありません。が」


何だろう……僕が何を出来るというんだ?


「もし私が死んだら継いで貰えますか?」

「何を言っているんだ竜崎。
 これをしている限りは死ぬときは一緒じゃないのか?」


僕の気持ちを知っていてそんな寂しい事を言うな。
第一おまえは僕のことをキラだと思ってるんじゃないのか?

……!

いや。違う。
キラだと思っているからこそ、か。


「そうか……竜崎、悪いが今竜崎が考えている事を皆の前で言わせて貰う」


やはり、僕がキラである自覚がありながら演技をしている可能性と
キラである記憶を自分で手放し、戻ってくるように仕組んである可能性、
この二つしか考えていないわけだ。

分かってはいたけれど。
竜崎がそれを皆の前で言った事が。

悔しい。

どこか自棄な気持ちになって、父や松田さんに聞かせるように敢えて口にする。


「……竜崎は『夜神月がLの座を奪った上でのキラになる』そう考えた」


それが先ほどの、「夜神くんなら出来るかも知れません」の、
本当の内容だ。


「正解です」


あっさり認めるのが面憎い。
僕が、Lの座を奪うだって?
そんな事をする筈がないじゃないか!

……そう言っても、きっと竜崎には伝わらないのだろう。
論理以外を、彼は信じない。
信じられない。


「しかしどうだ?これで僕が少なくとも演技をしている訳ではないというのは
 分かったんじゃないか?」

「演技をし、Lの座を奪う事を狙っているのなら、その計画を
 皆の前でばらす筈がない、という事ですね?」


この言い方では、それすらLと皆を騙すための演技だと
思っていかねないが。

二人きりの時に言われるのなら、可能性が10%未満でも
取り敢えず言ってみているだけなのかも知れないと思う。
でも、こうして人前で言うという事は、ほぼ「Lの公式見解」という意味だ。

何だか泣きそうな気持ちになって、思わずその肩を掴んだ。


「この僕が、今存在するキラを捕まえた後に、キラに……殺人犯に
 なると思うか?そんな人間に見えるのか?」


思いを込めて、まっすぐに真っ黒な瞳を覗き込む。

肯定されたら立ち直れない。
……でも、きっと竜崎は前言撤回したりはしないだろう。

そう分かっていながら、問い詰めずにはいられない、
悲しい賭けだった。


「思います。見えます」


それでも何の逡巡もなく、まっすぐに見返しながら言われて、
気がついたら手が出ていた。
と同時に僕の顔にも竜崎の蹴りが入る。


「はい!一回は一回。今回は相打ちという事でこれでおしまい」


次は椅子を倒して、と反射的に身構えたが、松田さんに仲裁されて拳の行き場を失った。

やっぱり……竜崎と僕は合わないのかも知れない。
僕を疑うのは仕方がないが、それを本人に、そして公衆の面前で言ってしまう
メンタリティには賛同できない。
どうして僕は、こんな男を。

こんな男に。



……結局、とにかく今は現在のキラを捕らえる事に専念すべきだという
結論に落ち着いたが、竜崎は父達と袂を分かった。

ミサをCMタレントとして潜入させ、囮捜査をする事にしたのだ。
僕はとても賛成する事は出来なかったが……
この手錠がある限り、竜崎と別行動は出来なかった。






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