手錠解錠 2
手錠解錠 2








竜崎は夜、事が終わった後も裸のままノートPCを開く事が多い。
キーボードを叩く音を聞きながら僕はそのまま寝てしまったりするのだが
逆に朝いつまでも起きなかったり、(トイレに行きたい時困る……)
昼間気付いたら座ったまま目を閉じている事もある。

その昼下がりも、鎖の先で竜崎が微動だにしないのに気付いていたが
他の捜査員の目もなく、気にせずPCに向かっていた。


「あ……」


そこへウエディが現れたのだ。
当然のように竜崎を起こそうとすると、その前に素早く唇に指を当てられる。


「あなたに用があるのよ」


声を潜めた英語で言いながら、僕の左手を取る。
何でしょう、と言う前に、手の中に握っていたらしい金属の小さな棒を
僕の手錠の鍵穴に差し込んだ。
止める間もなく、あっけなくかちゃりと音がして、手首が軽くなる。

僕は、信じられない思いで左手を見た。
その手際にも驚いたが、手の感覚が。
重さにしてたった数十グラム、そのリングが外れただけで、羽が生えたように軽い。
それは、僕を息苦しくしていたのが重さだけではなかった証拠だった。


「来て」


ウエディが微笑みながら、僕の手を軽く引く。

竜崎と。

このまま行けば、竜崎と離れられる。
何十日も、ずっと目の前にいた竜崎が視界から消える。

僕は竜崎が嫌いではないが、それでもプライヴァシーが全くない生活は
ストレスだった。
その竜崎と、長い時間ではないだろうが、離れられる……。


「でも」

「彼は寝てるわ。起きる前に戻ってくれば大丈夫よ」


屋内でも外さないサングラスを、頭の上に上げてウインクをする。
蠱惑的な笑顔だった。
このまま行けば、きっと……まあ、十代の若者としては格段に
良い思いが出来るのだろう。

……それでも。

無言で椅子の上に置かれたリングを取り、自らの手首にかけた僕を見て
ウエディは目を丸くした。


「手錠を填めているのは僕の意思でもあります。
 竜崎から片時も離れない事によって、身の潔白を証明したいんです」

「彼、寝てるじゃない。
 それに、離れている間の身の潔白は、私が証明してあげるわ」

「そういう問題じゃないです」


最近どこかで聞いたセリフだ、と思いながら
そんな事よりどうすればこの女性のプライドを傷つけずに済むのかと
思考を巡らせる。


「あの……あなたは、僕をキラだと思っているのですか?」

「そうねぇ。あなたがキラかどうかなんて、男性がロレックスを
 手首に填めているかどうかという程度の問題ね」

「……それって女性にとっては結構大きな問題では?」

「正解。あなたって本当にクレバーね」


当てずっぽうで言ったのに、誉められて当惑する。
遠回しに(でもないか)キラだと言われたのに、何故か腹が立たなかった。
本当なのか嘘なのか、ウエディは楽しそうに笑って僕の頬に触れる。


「そして、その手錠にはロレックスなんて到底及ばない価値があるわ」

「……」

「だって、あの『L』が、あなたを認めているという証拠だもの」

「良い意味じゃありませんけどね……」

「それでも、Lがあなたを『所有』している。
 盗みたくもなるわ。ドロボウの性としてね」

「いや、あの、」


ゆっくりと近づいてきた顔。
良い匂いだ、単純に快い匂いというだけではなく、高級な香り、というのがあるんだな、
などと思っている内に、柔らかい唇が押し当てられた。


「んっ……」


竜崎よりも薄く、温度の高い舌。
女性だけあって、竜崎とは違った味わいがある。
今までキスしたどの女の子より、印象的なキスだった。


「……今日は味見だけにしておくわ」

「僕は……Lに、所有されている訳ではありません」

「そうね。それに私が本当に盗みたいのは、その手錠の方なのかも」

「……」

「私も、そうやって『世界のL』をアクセサリーにしてみたいわ」


アクセサリー……女性の言うことは良く分からないけれど、
随分新鮮な表現だと思った。

ウエディには僕が、稀少な宝石や高級時計を身に着けて
見せびらかしている人のように見えているのだろうか。


竜崎が小さく身じろぎしたのを合図に、彼女は音もなく去って行った。
僕は慌てて唇を拭って口紅を落とし、せめて香水の匂いが消えるまで
竜崎が起きないと良いと思った。






それから僕は、ウエディとの事を頭から追い出すために、
ヨツバグループのコンピュータに侵入する事に専念した。

キラが心臓麻痺以外の殺し方も出来るというのは僕にとっても重要な情報だ。
今まであまり意識に上らなかった、レイ・ペンバーの死や南空ナオミの行方が
俄然意味を持ってくる。

僕が二人ともと接触しているのは偶然かも知れない。
けれど、この記憶の曖昧さ……。

『人に聞かれたくない話は歩きながらというのが僕の持論で』

南空ナオミと会ったとき、そんな事を言いながら、歩き出したのは自分だ。
という記憶は鮮明なのに、肝心の話の内容が、切れ切れにしか思い出せない。

しかし少なくとも、確かキラは心臓麻痺以外で殺せると言っていた……。
何故、それを僕は今まで気にしていなかった?

彼女の用事はなんだった?
何と言って別れた……?


僕が、記憶を失ったキラだという仮説が、突然圧倒的なリアリティを持って
のし掛かって来る。


だが、それだけの大量殺人を犯して、全く記憶に残らないなんて事があるだろうか?

今になると、独自にキラ殺人やその被害者を調べていた事さえ忌々しい。
その記憶さえなければ、こんなに混乱せずにいられたのに。







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