手錠解錠 1
手錠解錠 1








やはり、間違いない。
この、ヨツバグループの株価の変動……。


「ん、なに?月くん」

「松田さん、このチャートを、いや、先にこちらのデータを見て下さい」

「これって……どう言う事?」


一緒に作業したのに飲み込めないらしい松田さんに、
株価の変動、財界の人間の死を噛み砕いて説明する。


「つまり偶然が過ぎる、という事です」

「凄いじゃないか月くん!」


松田さんが、目を輝かせた。
竜崎は鎖の先で、回転椅子に乗ってクルクル回っている。
絡まってしまわないように、毎周頭の上に手を挙げて鎖の下をくぐっている。
僕たちの会話に全く興味がなさそうだった。


「竜崎」


だから話しかけても振り向かず、こちらを見もしない。
が、猫が耳だけをこちらに向けるように、僕の話を聞いている。
長い間一緒にいると、その程度の事は分かるようになって来た。


「やる気ないのに悪いが、ちょっと来てくれ」


竜崎は、手錠の鎖を手繰って(鬱陶しい)近づいてきて、
表示された株価チャートをぼんやりと眺めた。


「これよく見てみろよ。片寄ってるだろ?
 そしてこっちは急成長だ」


目に、光が宿ると慌てて座り直し、僕の肘掛けに膝を乗せる。
身を乗り出して目をぐるぐると動かす。


「や、夜神くん……」

「どうだ?少しはやる気が出たか?」


そして僕がそれを見せた事の意味を、即座に理解したらしい。

キラは、ヨツバグループの内部にいる。
僕がキラであった可能性が残るので認めたくないが、恐らく以前のキラとは別人だ。

そして……心臓麻痺以外でも、人を殺せる。





『あなたが記憶を取り戻しても、現在のキラを捕らえ、殺人手段を提出し
 全てを自白して今までの生活を捨てるなら、司法の手には引き渡さない』


先日竜崎が言っていた、「取引」が頭から離れない。

「バカにするな」と思う。
「そんな、夜神月=キラだという前提に立った取引なんか出来るか」と思う。

でも、その言葉で現キラを追求するのに躊躇いがなくなったのは事実だ。

僕はキラを捕らえて、濡れ衣を晴らしたい。
だが万が一……万が一、僕が本当にキラだったとしたら……
そう思うと、無意識の内にどこかブレーキが掛かってしまうのを否めない。

法に則って裁いて欲しい。
当然そう思っているが、死が恐ろしいのも事実だ。

でも、僕が現キラを捕まえれば……。
そう思うと思い切り踏み込めてしまう。

後で考えれば、竜崎のセリフは絶妙だ。
まったく守るつもりのない約束だとしても、言ってみる価値はある。

……僕は、騙されたい。
僕はキラじゃないと、あるいはキラであっても司法からの逃げ道があると、
誰かに思いこませて欲しい。

だから目の前に垂れてきた、一筋の蜘蛛の糸に、縋ってしまいそうになる。

情けないが。
僕は、死にたくない。
怖いわけではないが、まだ、生まれてきて為すべき天命を
為していない気がして。

死ねない。

竜崎の策に填ってるな……。
そう思うが、止められなかった。




数日後、二人の外国人がいきなり本部に現れた。
アイバーとウエディ。
俳優のような二人なのでカップルかと思ったが、普段は別々に行動している犯罪者で
竜崎が呼んだらしい。

父さんは目を白黒させていたが、こんな場合だ、普段のポジションに関係なく
能力のある仲間は多い方が良い。
その辺りのボーダー感覚は竜崎と僕はとても似ている。
思わず口元が緩んでしまった。


「こういう人達も必要になる。みんなで力を合わせてがんばろう!」


一瞬迷って女性であるウエディに手を差し出したが、
アイバーの方が手を握り返してくれた。


「よろしく。君が、キラ候補のライトくんだね?」

「……」


初っ端に悪印象を持たせて、挽回しがてら親しくなる作戦か?
だとしたら随分と幼稚な手法だけれど、Lの指示だとしたら反応を見られている。
受け流すのがベストだ。


「ええ。そうです」

「ライト!」


父さんが、怒りを露わにする。


「候補と言われただけだよ。この人は、僕の父です。
 あなたも、この手錠を見れば分かるでしょう。
 僕はいいけど父を刺激しないで下さい」

「申し訳ない。……L、本当に彼は聡明らしいですね」

「はい。それが仇となって私にキラだと思われる程に」


竜崎は、客観的と言えば聞こえが良いが、自分の事を話すときも
どこか他人事だ。

勿論、僕の頭脳や竜崎の勘だけで容疑者になった訳ではないのは知っている。
僕に絞り込んだ経緯を聞いた時、自分でさえそれは仕方ないと思った。
それでも、もう少しなんとかならないものか。


アイバーと手を離した後、ウエディとの握手をどうしようかと思ったが、
向き直った時、サングラスをずらして僕をじっと見ていたので、気まずくなってやめた。

真っ赤な口角が僅かに上がっていた。
ちらりと見えた明るい色の瞳は、長い睫毛に縁取られていて、
何となくドキドキしてしまった。





その晩部屋に戻ると、竜崎が突然、僕を壁に押しつけて
足の間に膝をねじ込んできた。


「何だよ」

「正直、面白くないです」

「何が」

「アイバーにもウエディにも、随分気に入られていたようですね?」

「はあ?」

「彼らは職業柄鼻が利くんです。
 権力者、大犯罪者、その他味方につけた方が良い者を一目で嗅ぎ分ける」

「僕は権力者じゃないから、大犯罪者だって?いい加減にしてくれ」

「彼らのあなたに対する印象が、私と同じだった、という事です。
 あなただって分かっているんでしょう?」


本当にキラかどうかはともかく、僕はキラの器を持っている。
恐らく日本でも数少ない人間だろう。


「なら。おまえにとって、面白くないどころか嬉しい反応だろう?」

「そうなんですけどね」


竜崎はやはり不機嫌な顔をしながら、僕の襟を掴んで引き寄せ
乱暴に口をつけてきた。


「あなたも、満更じゃなさそうなのが面白くないんですよ」

「そんな」


確かにあんな危険な香りのする美女を間近で見たのは初めてで、
少しドキッとしたけれど、


「もしそうだとしても、これじゃどうしようもないだろ?」


手錠を上げて見せると、竜崎は「そういう問題じゃないです」と呟きながら
僕の手を引いてベッドに向かった。






だが翌日、僕は自分の言葉が意味を為さなかったことを知った。






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